今年の息子のコートはブルー。
安くて軽くて丸洗いできるものを選ぶ事にしています。
2003年11月30日(日)
 朝、土砂降り、午後晴れ間がちらり。気温は昨日よりずっと高く、なんだか微妙な11月最後の日。
息子の幼稚園の作品展が昨日今日と開かれており、余りの素晴らしさに感動。今までの幼稚園でも作品展は見てきたけれど、スケールが違う。なんという惜し気もない手間と愛情を先生方はかけているのだろうと、私もオットも予想以上の素晴らしさに立ち尽くしてしまう程だった。玉川学園の児童心理科を専攻しているという生徒さん達がたくさん見学に来ていた。今日は私の母が神戸に帰る日で、おばあちゃん子の娘は少しでも長く一緒にいたいからと家で御留守番をしていたのだが、作品展のあまりの素晴らしさに感動し、彼女を迎えに行ってもう一度足を運んでしまった。
 母を見送りに東京駅へ行く。結局この3週間、ほとんど留守番のためにだけ母にいてもらったようなものだったなあ。昔は母が帰る時、私も神戸に戻りたくて仕方なかった。今も憧れを感じている。そう、神戸はもう私にはちょっと遠くなってしまった。またいつか帰る日(住むという意味で)があるのかな。子供達が大きくなった頃、オットが大阪に転勤ということになれば、二人で数年暮らせるかも。
帰りの首都高、渋滞で三軒茶屋の手前まで1時間以上かかった。車3台玉突き?の事故だったらしい。そこを抜けたら嘘みたいに一気に家に着いた。オットは渋滞嫌いで(好きな人はいないか)イライラしていたけれど、私はここぞとばかりにゆっくり音楽が聴けてよかった。駅前のお店でセールをしていたので、コートとセーターを2枚購入。安物だけど、1シーズン過ごすには十分。色とシルエットが良ければいいかなと思って即決。ちょっと前ならこういうお金もとにかく人形につぎこんでいたはずなんだけど…。


この娘が生まれた時に、私は人生の意味を知った気がします。。。
赤ちゃんの時の姿が目に焼き付いて一生それは離れないと思うけれど、
この子も来年は小学生です。
2003年11月29日(土)
 雨の冷たさに震えながら、子供達を車に乗せて原宿に向かって走り出す。ドライブを楽しんで着いた所が病院、そこで注射をすると聞いて、娘が大脱走劇を繰り広げ、大変な騒ぎになった。今年は私の体調の悪さと娘の鼻風邪が長引いてインフルエンザの予防注射に対して出遅れていたら、かかりつけの医院でもうワクチンがなくなってしまったと言われたのである。人間ドックの時に待たされて待たされて困った病院だけど好きなので、お願いしてここで家族全員予防注射を受ける。子供達が流した涙の量は記録的。正直いってかなり面白い光景でした(^^)でも実は私もかなりの注射恐怖症。インフルエンザの注射を受ける時は私も怯え切っていたので、子供のように慰められていたのだった…。
それから院長先生直々に私の人間ドック検診の結果を説明してくださった。全然問題なし。コレステロール値が高いのだけが玉に傷で、でもそれも善玉コレステロールが平均よりかなり多い、つまりこれは大変いいことなので、全く問題なしと言われた。ぶっちゃけ私は野菜嫌いで、そうたくさん食べない。野菜好きのオットにかなり感化されてこれでも食べるようになったけれど、そう好きじゃない。卵とバター、ホワイトソースなんかが大好きで、生ハムとかスモークサーモンとか牛タンとかけっこう激しい酒の肴が好きで肉食系かなと思う。なのになぜこんな結果がでるのだろうと実母は首をかしげる。毎日赤ワインを飲んでるのがいいんじゃないのと適当に返事したら本気にした。あんがいそうかも。まあどこも悪くないと言われて嬉しかったけれど、じゃあ毎日の私の体調の悪さはなんだったの?と疑問が浮かぶ。結局、体質だと片付けられてしまった。病気でなくても辛いものは仕方ない。体質だから一生つきあうものだそうだ。しょぼん。
このあと、がんばった娘へのご褒美にトイザらスに行く。ベリーチェリーベリーブライスを買ってもいいことになった。私もちょっとブルーなことが続いているので、自分へのご褒美ということで。
それから家族で美味しいお寿司を食べに行く。5人でお腹一杯食べてお酒も飲んだのに¥8000ちょっと。安いとオットは大感動。明日からまた粗食よ!


急に食べたくなって1年半ぶりくらいにイチゴジャムを買いました。
中身も名前もパッケージも可愛い可愛い。
シャーリーちゃんドールは既製のどれかの人形のお洋服を着せられるか?とのご質問を受けました。
私はないです、とお答えしたのですが、正しかったのでしょうか…?
2003年11月28日(金)
 とても美しい名字を持つ人がいる。私の大切な友人で、代々が僧侶だったという彼女のその名前は本当に素敵で、趣がある。彼女にはぜひその名字を貫いて欲しいと思う。話によると、戦後の混乱で由緒あるお寺が焼かれ、その土地を盗まれてしまった上、貧困のあまり泣く泣く彼女の祖父母は大切な家系図を売らざるを得なかった、という。資料として誰かが持っているのか?それともそれを、自分の正しい血統だということにしているのだろうか。今現在、人はどれくらい自分の家系を遡れるのかなあ。老後、調べてみたいとちょっと思ったりする。
 今日は我が家の引っ越し記念日。なんかケーキでも買ってきてちゃんとお祝すればよかったなあ。気が付くとあと2日で11月も終わり。ひえ〜、今月一回も更新してません。あの夏休みの勢いはどこへいったの、私!?秋は今までの人生の中で一番忙しかった気がする。この週末も恐いくらい予定がびっしり。12月はもっと余裕を持って楽しみたいな。
ブライスのスペリオルスケートデートちゃん、どうしようかなあ。人形ばっかり買っていられない状況になってきてる私。ここ数年、人形に集中していたので気が付くと着るものが乏しくなってる…。娘が大きくなってきて、他のお綺麗なお母さま方に気が付くようになり、「ママも頑張ったら?」なんて言うのも辛い所。確かに園児ママは公の場に出る事も多いし。まずは白っぽいコート欲しいなあ。うーん、スペリオルスケートデートちゃん可愛いよね。今日も思考がループしているのでした。


とにかく大好きオーナメントはこれ。
本当に編んであるサンタの服。
クリスマスっぽいお人形の服を飾るのも可愛いなあと今さらのように思います。
2003年11月27日(木)
 息子の幼稚園のクラスのママ達と昼食会。例によって昼間からワインを頼む私。もちろんポリフェノールたっぷりの赤。若い頃はスッキリ辛口の白しか飲みたくなかったのに、三十路にさしかかるかさしかからないかの頃から深みがある赤が好きでたまらなくなってきた。今ではもう滅多に白を飲まない。魚料理の時でさえも。たまにジュースの気分でロゼを飲む。色が好きなので。
 赤いワインとパスタ料理コース、楽しいお喋り、とどれも美味しかった。皆さんのお話を伺ってへえ!と思う事も多い。みんな綺麗ではつらつとしていて素敵なお母さん。最近の私はなんとなくここ数年馴染んでいた保護色を無くしているような感じがするので、他のお母さんを見て研究する。11月に入ってから新しく転入してこられた方が二人いらっしゃる。どちらも駅で4駅離れた所から通われるのだ。普通の決断力ではできないと思う。一人の方は近くの幼稚園に通って見たものの、お子さんが登園拒否されて思いあまってということらしい。お母さまもさぞ悩みくるしんだことでしょう。みんなえらいなあ。。。
私も気力を奮い起こさなくちゃ。忙しくて人形遊びできない、できないからストレスたまる、ストレスがあるから忙しさをうまく切り抜けられない、切り抜けられないから忙しい、忙しいから人形遊びできない…。ここのところこんなサイクルでやってます。まさに悪循環ってやつ?


お気に入り1、2を争うのは、この天使のオーナメント。
スリ硝子のようだけれど軽いプラスチック製です。
2003年11月26日(水)
 娘の幼稚園はカトリック教会付属なので、クリスマスはここぞと言わんばかりに力が入る。秋のバザーが終わったらもうすぐさまクリスマスに向けてダッシュしたわけで、クリスマス委員という係りをつとめるお母さま方の情熱が、皆をぐいぐい引っぱって行く。母親も歌で参加するのが恒例で、今日はその練習日。と思ったら子供達の方でも詳細が配られてきた。華美に走らない正装。昨年はオットが張り切ってメゾピアノでワンピースと靴を仕入れてきたのだが(おかげで未だに店員さんに名前と顔を覚えられている)、今年はどうしようかな。娘は聖劇でお星さまの役をする。衣装は先生の方で用意してくださるので、台詞をきっちり覚えれば良い。で持って帰ってきた台本を見ると「ユダヤのくにのナザレというまちに、ヨゼフさまとマリアさまがすんでいました」…娘が物語の最初の台詞を言うんじゃないですか!大慌てで特訓特訓。幸い、芝居好きの娘はすらすらと台詞を覚える。天然女優で良かったよ。
 お気に入りのピーターラビットのお茶碗を割ってしまったので悲しくて、同じものを買いにいったらもうなかった。でも違うデザインのものがあったので、それを2つ買って帰る。本屋に寄ったら「エロイカより愛をこめて」の新刊が出ていたので嬉しかった。子供達を幼稚園から拾い集めて帰宅し、わいわいねだられながらやっと昼食をつくって食べようとすると、叔父から電話がかかってきた。母が小さく悲鳴をあげる。私もてっきり祖母がついに!と思ってしまった。…そういうことではなかったけれど、悲しい知らせで母はうなだれてしまった。
 祖母はおしゃべりで社交的で、芝居ッ気がたくさんある人で、物語り上手だった。和裁の達人でその腕で8人家族を支えていた。手先を使う事ならなんでも好きで上手で、綺麗なもの可愛いものをこよなく愛する。お酒とマグロのお刺身が好き。私は顔は祖父に激似なのだが、中身はたぶんに祖母の遺伝子をもらっているように思う。祖母よりも全然不器用だけれど。
 祖母は大正2年に生まれ、平坦とは言えない人生を歩いてきた。荒波をくぐりぬけてきたそのバイタリティはすごい。すごいとは思っていたけれど8年前、「おもいっきりテレビ」を視聴して人生相談をしていた女性に憤り立ち、一言意見を述べたいと局に電話をかけた。ら、それがつながったのだ、恐ろしい事に。祖母はとうとうと自分の人生論を述べ、子供に甘えるな期待するな、生まれてきてくれた事、育てさせてくれた事に感謝し、巣立ったことを祝い、その幸福を祈れ、私は6人の子を生んでみんな離れて一人暮らしだけど、誰の事も恨んでいないと一言ではなく延々と喋った。みのもんた氏が大感動し、出演者一同絶賛し、祖母は褒めたたえられ、後日局から、みのもんた氏のテレホンカードが送られてきた。そこまですごいと思わなかった…。という感じの人。
 その祖母は数年前から少しずつ、現実を離れていった。叔父が戻り、世話をした。祖母はもう子供の誰も判らない。私の事も判らない。繰り返し、大正、昭和初期の時代の物語をする。私の母は祖母をとても恨めしく思っていて。それはとても祖母を求めているということで。私は見ていてとても切ない。祖母と母をみていると、母であることの意味と義務を考えるのだ。
私は子供達を抱き締める。そして大好きだと繰り返し言って聞かせる。その言葉に子供達が支えられ、守られて行くように祈りながら。


好きなオーナメントの一つは、小さな二つのフォトフレーム。
娘3才、息子1才の時の写真を飾っています。
2003年11月25日(火)
 何をそんなに焦っているのだ、と、雨にたしなめられている気がした。
 雨はけっこう激しく降っていて、娘がひさしぶりにぐずって泣いて、だから朝の通園の道は重く、暗かった。しまいには雨が憎らしくなって天を睨んだりした。降るのはいいけど連休明けはやめてよね、みたいな。でも子供達を送り届け、雨が傘を打つあのパラパラパラという音を聴いているとふと、もういいや、という気持ちになって、今日の予定のほとんどをキャンセルしてしまった。急いで家に戻って、母に熱い紅茶をいれてもらい、焼き菓子をお盆にもりつけて、二人で床暖房の上に座り込み、借りてきた映画のビデオを観て過ごした。母は大の映画好きなのだ。私に映画の楽しさを教えてくれたのは母である。どんな映画でも、母は喜んで観る。今日観たのは「マリー・アントワネットの首飾り」主演のヒラリー・スワンクの妖しい美しさに魅せられる。この映画は歴史上名高い事件を題材にしていて、マリー・アントワネット好きの私は色々な本で繰り返しこの事件のことを読んでいたけれど、ジャンヌ・ド・ラモット・ヴァロワの視点から物語を観るのは初めて。彼女を不可抗力での悪女のように美しく描いているのだけれど、やっている事はやっぱり泥棒な訳で。彼女の不幸は執着を持ち過ぎた事のように思える。そこからふと意識が飛んだ。
 ミッション系の幼稚園に通った私はそこで初めてキリスト教観に触れた。そして大ショックを受ける。優しくて大好きな神父様兼園長先生が朝のお話で「愛し過ぎると神は奪います。みなさん、お父さんやお母さん、それ以外にもたくさん好きなものがおありでしょう。でも何より好きでいなければならないのは神様です。神様を一番好きでないと…」でないとどうだ、と先生はいったのだろうか。ショックでよく覚えていない。当時5才だった私は、神は嫉妬深くて、自分より他のモノを好きだとそれを奪うのだ、と思い込んだ。そんな。父母が何より好きなのは仕方なくて、見る事も触れる事もできない神をそれ以上に慕わしく感じるのは、当時の私には不可能で。その後、成長に連れてこの時の葛藤は意識の底に沈んで行ったのだけれど、時折ヒョイと浮かびあがってくることがあった。ひどく大切な、惜しまれる人が突然逝ったりする話を見聞きした時などである。そして結婚、出産したとき…。
今ふと判る。この世には悲しみが溢れていて、人は不幸の中でため息をついている。ではその大元は?というと、それは悲しいまでの「執着」であることがほとんどだ。愛する人がいる故に人は悩む。いない事でも悩む。人はなんて「愛」に「執着」し、縛られからみ疲れもつれながら生きているんだろう。
そのことをほとんどの宗教が諌めている。それがなければ、人の心は安らかで、世は平安なのだ。
人でもモノでもお金でも執着でがんじがらめになりすぎてはいけない。愛する事がいけないのではない。無関心になれというのでもない。愛は広くゆったりと持つべき感情なのだ、ということか。
子を持つ母にも、恋する男女にも、それは難しい事があるかもね。でも確かに時々、寛大な愛に出会って驚くことがある。その大きさ暖かさに脅威を感じ、深い尊敬の気持ちを抱く。宗教が言う神の愛とはきっとそういうものなのかな。幸福な人のほとんどはある意味、達観している。幸福である努力をし、それは自己中心ではなくて人に与える愛も多い。
私は未熟で一つの宗教に入信するほどの純粋さもない。自分が「執着」とどんな風に折り合って生きていけるだろうと思う。何にも執着しない…それってもはや世俗の暮らしを捨てる出家した人の心境だろうし。生きて行くためのパワーとして何らかの執着なしではいられない。だからその度を越すな、ということなのだろうけれど。
 と言うわけで1本の映画からちょっと遠くに心がさまよってしまいました。


ツリーを飾りました。
2003年11月24日(月)
 急に冬を感じた。垂れ込める鉛色の雲も凍える風も。気が付くとクリスマスまであと1ヶ月。
 恥ずかしいからあまり人に言うなとオットは言うが、私はほぼずっとクリスマスは家族で過ごしてきた。友達とパーティーをしても家に帰ってもう一度した。父が無くなってから4年間はずっとほぼ母と二人で過ごした(不肖の妹は遊び歩いていてたいてい不在だったっけ)その次からはもう、オットと一緒のクリスマスだった。
 オットは趣味の合唱部のコンサートに出演するためにお出かけ。私は子供達とツリーを飾り付ける。たくさんのこまごました飾り。統一感も何もないけれど、ひとつひとつ、いつどこでどんな気持ちで買ったか覚えてる。結婚した年にオットと選んだもの、娘が生まれた年に母にプレゼントされたもの、始めての男の子誕生にわくわくして買ったもの…それを今、成長した子供達が目を輝かせながら飾り、嬉しそうに飛び跳ねて喜んでいる。たぶんきっと、私の人生で今が一番幸せなクリスマスなのかな、と思ったりする。
 幸福は自分で手に入れるものだと思っていた。心の持ち用ですべてが変わると信じていた。でも時々不可抗力の何かに支配されている自分を感じる事もある。そういうものを運命と言うのかしら。今年はそれについて考える事が多かったな。人との出会いが最高の財産!振り返ると感じるのは感謝ばかり。助けられた想い出ばかりです。みなさん、ありがとう〜。。。ってまだ早いか(^^)


娘のコレクションもこれで完成。
白雪姫って、どのお人形でもちょっとお多福顔(^_^;)
2003年11月23日(日)
 予想はしていましたが…。ストレスで胃痛、頭痛、喘息発症。死にます。バタン。


突然舞い降りてきた天使です。
2003年11月22日(土)
 忙しい、忙しい週末。暇だなあ、と最後に感じたのはいつのことだったのだろう?もう思い出せない。何ケ所もの場所をめぐり、ひたすら約束をこなす。
忙しくなる程、本を読んだり音楽を聴いたり、映画を観たりしたくなる。料理の合間、洗濯の合間などに読んだのは図書館で借りた京極夏彦「姑獲鳥の夏」。独特〜。大感動、ということにはならなかったのだけれど。分厚さを楽しみにしていたらあっという間に読めたのは面白かった証拠かな。文章のリズムが私にはとても大切で、それでいうと京極先生はぴったりの相性と言う事は決してないのだけど、個性的な味わいが良かった。
夜は母とオットとビデオ観賞会。ジーン・ケリー、デビー・レイノルズ、ロナルド・オコーナーの「雨に歌えば」やっぱり映画は素敵だよね、と3人でほうっと楽しむ。でも私も母もフレッド・アステアの方が好き。あの変なお顔が、観ているうちにすごく好ましくなってくるという自分の心境の変化が楽しくて。ま、私は人間に関してはそれほど面食いではないのですが。
朝、スウェーデンに住む、とても素敵なネットのお友達から、びっくりするプレゼントが届き、感激で胸がいっぱいになり…。いつも感じるの。モノそのものよりも、そこにこめられた思いがひたすら嬉しくて有り難くて。どこかで誰かが私の事を思い出してくれているという、信じられないような喜び。ひたすら感謝です。


昨日とはうってかわった暖かい1日でした。
嵐の週末を覚悟しつつ、束の間の平和を楽しんだり。
2003年11月21日(金)
 母が来てから2週間経つのにろくに話をしていない。くれば一緒に見ようかなと思っていたビデオなんかも見ていない。母に子供を預けられるようになったのを幸い、今まで強引に二人連れ歩いていたのを、マメに家に置いておく。どちらかを連れて行ったり戻ったり、ひたすらタッチ§ゴーを日に2回3回と繰り返す。
今日もろくに家にいなかった…疲れた。でも久しぶりに娘の幼稚園友達のお宅にお邪魔して、お母さん同士おしゃべりしたら、びっくりするほど楽しかった。ここにも愛があったなあ、なんてちょっと驚いたりして。
でもみんな幼稚園のおつき合いには悩んでいるもので、そういう話を聞くと、私だけじゃないと思って安心したりもする。
 朝、息子を送っていった幼稚園の門の前で非常勤でいらっしゃる先生にお会いしたら、息子の事を本当にとても可愛いと言って下さり、成長を喜び、私を励ましてくださった。最近つくづく思うけれど、愛ってねだってすぐ手に入るものでないから、自然に発生する愛って有り難いなあ。
その先生にも息子さんがいらして色々問題があるのだと話して下さった。もっと早く気付いてあげられたらよかったのにと何度も後悔した、でもあなたはすぐに気付いて処置を講じられたのだから良かったと言われた。誰よりも子供の事が判るのはお母さんでなければ、と。分っている、という自信はない。私のように頼り無く、心弱い人間が母になってはいけなかったと何度思うか知れない(これからもきっと思うので、この言葉は過去形にできない)でも一生懸命に息子を見つめて行く事はできる。どうすればいいか、頭を抱えることも多いけれど、考えて考え抜いて決断する時、自分の中から意外な勇気と、深い祈りの感情が湧いてくる事に驚かされ、案外私は強いのかな?とも思える。
子育てを通して、自分も育って行くのだと感じる瞬間だ。
 話は前後するけれど、ママ友達と、恋のお話をしたのも楽しかった。みんな結婚10年以上の専業主婦(実は私が一番結婚歴が長い)夫が妻にどれくらい関心を持っているか、他の異性に対して嫉妬するか?とか、本当の自分の好みはこうなのに、結婚したのはこんな人、とか、夫婦喧嘩をする、しない、とか。みんなで笑い転げながら盛り上がった。その間、私の元にはオットから2回電話がかかってきた。みんなに「愛されてるよぉ!」と冷やかされたのだけど、私にはその実感がないです…。実感したいわねえ。私は優しく大きな愛で包むように、いつも私を見守ってくれる人、というのが理想なのだけど、オットはせっかちに厳しく私の行動をチェックしキツイ批判を言い放つ。暖かいというより冷たいような気が。それって愛なんでしょうか?


100円ショップのワイヤー・クリスマスツリー。
娘が一目惚れして購入。
2003年11月20日(木)
 冷たい雨の朝、でも子供達は元気な足取りで通園。我が家の子供達は幼稚園好きになってくれたので、とても助かる。おかげで気持ちよく整骨院に通えます。明るい先生達に心身共に癒してもらって気分よく歩いていたら、道でぱったり仲良しのお友達に会った。雨の中小さな女の子を抱いて歩いて大変だなあと眺めた人が友達だったのだ。彼女も、自閉傾向?と言われる息子さんを持っていて、同じ不安と悩みを持つ私達は深い絆で結ばれている。息子のことを中心に涙ぐんだり励ましあったりで1時間はあっという間に過ぎる。お互いに、普段、他の人に言えない弱音も、この相手にならはけるし、理解してもらえる、という信頼感がある。そういう友達がいて幸せなんだよね、本当に。
 それではずみがついて、夕方思いきって幼稚園の先生にお電話して、また息子のことを相談。先生の愛って深い〜。ものすごい包容力と愛に圧倒される思いで、ひたすら感謝。時々、生活を重く感じて、他の人が皆、軽やかに見えて、うらやましい気持ちになるのだけれど、そんな自分の心の弱さまでも誰や彼やに赦されて。たぶん私は幸福な人間だなあと思う瞬間だった。そういえばここ数日、久しぶりに体調も良いし。
 ささやかな幸福が大きい幸福感につながっていることもある。子供達とミスタードーナツで食事していたら、たまたま周りは大人の人ばかりがテーブルを埋めていたのだけど、それぞれがバラバラに立ち去り際に、私達にノベルティグッズをもらえるポイントカードをくれたのである。あっという間に点数いっぱいになった。自分はいらないし、小さい子なら嬉しいだろうし、というちょっとした思いやり。あどけない声で幼稚園の出来事をお話してくれる娘の声をなんとなく聞いてくれていたのだろうか、驚く程大きな目の息子がうっとりとドーナツを食べるところを見ていてくれたのだろうか。昨日、大澤さんも言っていた「愛だな、愛!」って言葉がふっと胸を暖かくした。


行ってきました、至福のひとときを味わいました♪
2003年11月19日(水)
 娘を休ませて、しばしのんびり過ごす。いつも忙しいバレエのレッスンもお休みして、子供達を抱き締める。今日、私は年に一度の夜遊びをすると決めていたので、子供達に埋め合わせておきたかったのだ。夕方になるかならないかのうちにお風呂にいれ、夕食のだんどりをつけて、出かけた。夕方の町を一人で歩くなんてあまりないことだなあと思いながら。
 お台場、ZEPP TOKYO。19:00から大澤誉志幸さんのコンサート。
どんなに素敵だったか、とても言葉では言い表せない。どんな言葉を重ねても陳腐になってしまうけれど…。そうねえ、永遠に続く恋なんてないと思っていたけれど、大澤さんの音楽は私の胸の中でいつまでもピカピカに輝く愛になっていて、これはもう死ぬまで変わらないなあと感じさせられた、そのすごさ。大澤さんソロデビュー20周年。私がファンになって19年。大澤さんの歌が好きだと言う気持ちは全く醒めなかった。飽きるなんて到底できない。ふだん大澤ファンはなんとなくバラバラで、人とそう群れることがないタイプの人が多いのだけど、今夜ばかりは会場に集まったファンのひとりひとりが同士だった。私と同じ年頃の女性・男性。一人で来ている人もとても多い。私はオットと一緒だった。オットは私と付き合い始めてから大澤さんの音楽を聞き始めたクチだけれど、コンサート後、やっぱり異動願いを出して彼のために働きたいと、帰り道熱っぽく語っていたくらいだから、感動したのでしょう。明日もあるコンサート。できることなら2夜連続で通いたかった。でもコンサート後に電話したら、母が、娘が「ママは?ママ、どうして帰ってこないの?」と泣きながら眠ったときいて、その夢は諦めた。
何年ぶりでしょう、夜の東京の街を、オットと二人で歩くのは。夜景はとても綺麗で、でもどこか寂しくて、家に帰ると笑ってしまうくらいホッとして。ひとときの夢の時間が持てた事を心から喜びながら、やっぱり夜は家にいるのがいいな、と思ったり。でもたまの夜遊びはやっぱり楽しい。母にありがとう、と心から言えたしね。


たぶん、私は春より秋の景色に惹かれるのです。
空があまりに綺麗だからでしょうか。
2003年11月18日(火)
 ダイエットと美肌に気を使う生活、頑張っている。今回は頑張ろうと思って。毎日忙しくて、バタバタしているとあっという間に大台に乗っちゃいそうだし、子供の目も気になる。傍で見ていても、綺麗なお母さんというのはいいものです。私がそうなれる可能性は少ないけど(笑)一応、努力だけはしてみせるのが家族への誠意かな?と思うわけで。
今日驚いた事。娘の幼稚園のお友達が、いつの間にか息子と同じ幼稚園に転入していたこと。なんと昨日からだという。女の子がこのパターンをたどるのは珍しいので思わず話し込んだのだけど、娘の幼稚園の、小さいけれど深い世界がどうにも嫌だったと言う。おつき合いが頻繁すぎて息苦しく、そんな幼稚園ばっかりを人生の中心にした生活は考えられないとのこと。うーん、気持ちは判る。私も時々ちょっと苦しいからね。幼稚園ママとしての、他のママさんとのつきあい方。深く考えるとハマってしまうので、なんとなく流されてやり過ごしている私。
ぼんやりと、さざめく人並みの中を歩きながら、やっぱりスペリオルスケートデートちゃんは買うべきかなあ?などと悩んでいる私。オットは私へのクリスマスプレゼントに、新しいデジカメを買ってくれるつもり満々で、私もそうしてもらおうかなあ、とは思うものの、欲しいお人形のあれこれが思い浮かぶのでしタ。


朝、子供を幼稚園に連れて行く途中の、何気ない景色にはっとします。
秋の空と、色づく木野派の綺麗さなどに。
2003年11月17日(月)
 矛盾していると自分でも嫌になるけれど、私は不眠症であり、いつも眠い。つまり夜は眠れなくて朝眠くなった頃に起き出すというサイクルなのだ。内科の先生によれば低血圧の人にはありがちなことで、深夜を中心に血圧が上がるため、調子がよくなってくるからだそうだ。理由はどうあれ困るので、色々眠くなるようにがんばるのだけれど、その眠りは浅くて、たくさんの夢を見る。最近は決まって子供の幼稚園の夢を見る。そして私はいつも謝り続けている…現実の幼稚園の先生方は一切、私を責めないし傷つけない。子供ばかりか私までをも優しい保護の目でみてくださっていると思う。それに対して私は心から感謝していて、かつ、申し訳なく思えて仕方ないのだ。先生方の目にはささいなことでもいっぱいいっぱいになり、溺れかけている私が心もとない事だろう。でもこの感謝の気持ち、謝罪の気持ちだけは分って欲しいと私は思う。それで手紙を書いた。
金曜日の、息子のカウンセリングの様子を書き、それから我が家の親族一同で先生方の思いやりに感動していること、私自身が心から感謝する毎日であることを走り書きして朝、いつも門の前で子供達を迎えてくれる副園長先生にお渡ししておいた。
 娘の幼稚園で保育参観があり(幼稚園に行くまできっちり忘れてました。あはは…)、午前中みっちり娘の様子を楽しんでみた。娘の方はこぢんまりして可愛い幼稚園で、ここはここでまたたいそう雰囲気がよい。二人の子供を別々の幼稚園に通わせる事は、私の人生の中でも1。2を争うか?と思う程難しい決断だった。自分の手間のことを考えれば、強引にひとまとめにしたほうがよほどよかった。けれど、私さえ手間を惜しまなければ、子供達はそれぞれきっちり幸せになれるのか?とも思い、結果はいい方に転がった。この件については我ながら大英断だったと思っている。娘はこの幼稚園だからこそ快適なのであり、息子にはあの幼稚園しかあり得なかったのだ。ママ友達と楽しくランチしたあと、息子を迎えにいくと、保育主任の先生が、お手紙が分かりやすくてどの先生にも気持ちが伝わって、とてもよかったと言ってくださった。いつも心配して電話をくださる先生。あまりの優しさにおもわず心が寄りかかってしまい、気が付くと2時間も話し相手をしていただくことになって、(やはり土曜日にお電話をくださったそうだ。そのお気持ちだけで嬉しくて泣けてくる)それでは迷惑をかけすぎ、と思いお手紙にしたのだけど、先生に言っていただけてとても嬉しくて、心が軽くなった。今日から気持ちよく眠れそうな気がする。
やっぱり愛だなあ。色々な形の愛があって、人は皆何種類もの愛に包まれているものだと思う。年をとってそれが判る事が、年をとることの醍醐味かなあ。若い頃の自分の傲慢さを、ふと恥ずかしく思い出したりするとまた眠れなくなるのよね。


抜けるような秋の青空に、ぽかりと浮かぶ真昼の月。
(よく見ると中央あたりに白いポチがあります。それが月です〜)
2003年11月16日(日)
 息子の靴を買うために二子玉川の高島屋で家族でお出かけ。正午の、高橋直子出場のマラソンを見る事にオットと母は命をかけていたので、それに合わせたタイムスケジュールでなんとなく必死である。さっさと決めようと思っていたけれど、子供の靴選びって結構大変。今、息子が履いている靴はデザインはよかったのだが、なんだかかかとがとても固くて息子が自力で脱ぎ履きできない。それでここ半月ほど、幼稚園の先生方に多大なご迷惑をかけており、私としては一刻も早く靴を、と焦る気持ちでいっぱいだったのだが、オットがデザインにこだわる。彼はハイカットタイプのブーツ等が好みで、でもそれは幼稚園に禁じられたものなのだ。靴売り場の店員さんが良心的で素晴らしい方で、根気強くつきあってくださったので、ようやくいい靴を買う事ができた。息子が、たかだか靴をあわせるだけのことに泣いて大暴れするのが、家族全員の気力体力を消耗したけれど、まあなんとかなって一安心。母が、小さな女の子用のブーツに一目惚れして、娘にそれを買ってくれた。靴売り場の隣がランドセル売り場。メゾピアノのランドセルが並んでいて吸い寄せられる。もうほぼ、心はこれに決定。でも¥50000というお値段はどうなの?って感じです。
あんなに泣いて嫌がった靴なのに、帰宅してそっと部屋の片隅に置いておくと、一人でそれを履いてニヤリとした息子。


娘のお友達がアメリカのフロリダに旅行していて、お土産にくれました♪
めちゃめちゃ嬉しいです。(注:ぱんつです)
2003年11月15日(土)
 母は口うるさい。しょっちゅう私に小言をネチネチ言い続ける。それはもう30年以上の彼女の習慣で、絶えず長女である私への不満が彼女の中に吹きこぼれているようだ。夫は例えば離婚して取り替える事ができるけれど、親はそうはいかない。どんな生き方をしていようと親であり子である。親子と言うのは一生涯消えない絆でつながってしまっているものなのだ。…だったら諦めるしかなく、私も大人になる事を心がけて聞き流している。母があまり強く出るとさっと切り返すけれど、私も年のせいで迫力を増したのか、母も深追いしてこなくなった。
そんな母は祖母としては子供達にとってとてもいい存在な訳で。最近では有り難く、母のそういう部分だけちょうだいすることにしている。で、朝から母に子供二人を預けて、オットと二人で整骨院に行き至福のヨダレを垂らす。
オットと二人で喫茶店でコーヒーを飲んで、電化店に行って新しい炊飯器とデジカメが欲しいねえと今度は羨望のヨダレ。そこでオットと別れて歯医者さんに行く。この歯医者さんがまた素敵なドクターで、すごく深い愛を感じさせてくれる方なのだ。この方が小さな子供に接している姿を見ると、いい光景だなあと思う。
 本屋さんやドラッグストアに寄って帰宅。今日からダイエットと美容に取り組む事を決意。家族に高らかに宣言したら鼻で笑われる(くくくっ)でも、私本気よ。
 娘のバレエ教室の間、息子はまたおばあちゃんに預けておいて、夫婦でゆっくり娘のバレエを見学。オットが娘のレッスン風景を落ち着いてみるのは久しぶりで、娘の上達ぶりに本気で驚いていた。その娘はと言うと、例のお姉さんバレリーナに夢中で相変わらず熱いまなざしをそそぎ、家に帰ると私とオット、母、ついでに息子を観客にして踊り狂う。なんか発表会大丈夫そう…。楽しみになってきた。


寒くなってきてから重宝しています、フリースの膝掛け。
2003年11月14日(金)
 子供達を幼稚園に送り届けて整骨院、図書館で過ごし、午前保育の息子を迎えて家に連れ帰る。母に預けて娘を迎えに行き、連れ帰る。息子を児童心理カウンセリングに連れて行き帰宅。日が暮れてます…ついさっきが夜明けだったのでは??と戸惑う。母は私の生活があまりに忙しいといって驚いている。まあ、年の近い子供が二人いる人の生活なんてこんなものじゃないかな。私が辛いのは体調が気持ちについていかないことだ。幼稚園ライフも楽しいようなそうでもないような…、子供達さえ楽しんでくれていればいいのだけれど。娘は今日、遠足で馬のいる公園に行き、お馬の親子を見たと大喜び。息子の幼稚園では年中・年長さんだけお芋掘りにでかけたらしい。秋は行事が多くにぎやかな毎日。先生方も大変だなあと思う。でも生き生きしていて素敵でカッコいい先生方。お医者様や教育に携わるいわゆる「先生」というのは、本当に伊達に「先生」じゃないなあと、最近つくづく思う。悪い人もときたまいるようだし、私自身とても嫌いだった先生がいたけれど、今までの所おおむね、先生という存在は私にとって大きく、今となってみると子供を託す立場であるだけ、昔、自分が生徒だった頃より切実に大きくて頼りがいのある存在だ。(私の子供達がどちらも人一倍手がかかる不安な子だけに余計そうなのだ〜)深い、大きな心で見つめ包み込むような愛を心に持った人たち…すごく社会に必要な人だなあと思うたび、我が身を振り返って情けなくなる。私はなんて自分本位に生きてきた事だろう。社会に生かされている身の一つとして、せめて少しだけでも還元していける存在になりたいと今さらのように願っている。そんな自分になれるような努力が、今後の私の人生の課題かなあ。綺麗ごとのようだけれど、本当にそう思う…。


首都高を走りながら見上げた午後の空。
2003年11月13日(木)
 1年ぶりに人間ドックに行きました。はっきり言って私はこれがとても苦手。まず前日の早晩から何も飲み食いできないのが辛い。食べられないのは構わないけど、水分とっちゃダメっていうのが辛くて辛くて。早々に寝ようと思ったのに、ろくに眠れず朝から頭はふらふら。行くといきなり採血で「今まで採血で気分が悪くなったりとかありませんでした〜?」と形式的に聞かれ、反射的に「ありません」と応えたものの実は注射針がとても苦手で。しかも試験管5本分もの血をとられ、本気で倒れそうになりましたわよ。すきっ腹にバリウムがものすごく堪えた。っていうか、その前の発砲剤でもうダメだったけど…。
物理的なこんな検査の数々の苦痛よりも精神的に大苦痛だったのはかつてないほどの待ち時間!一つ検査をすると次の検査まで40分もある…。悪夢のように時間は使いつくされて、私の子供達の幼稚園のお迎えに間に合わない事が決定的になり、狼狽しながら幼稚園に電話し謝罪&懇願。園の先生方に大きな負い目を感じながらの待ち時間はもう拷問のようで、昨日本屋で見つけてホクホクして買った魔法の国ザンスシリーズ最新刊15巻「コブリン娘と魔法の杖」を読んでいても、楽しみきることができない〜。一緒にいっていたオットが抗議の声をあげ、問題を提示し、解答を後日に期待しながら病院を後にした時にはもうすっかり午後を回っていて、私は泣きたい気持ちだった。10時に病院にはいれば12時には終わると言う話だったのに、すでに時は2時すぎていて、オットが車を飛ばして帰り付いた時にはきっちり2時間、お迎え時間をオーバーしていた。園の先生方は優しかった。私の体を気遣い、思い遣って下さる。息子も娘もニコニコして出てきた。それぞれの幼稚園に感謝するばかり。これからさらに小さくなって暮らすしかないわ〜、ううう。
 じつは今日行った病院の院長先生、大好きなのでゆっくりご相談したかったのに、その時間がなく、逆に時間がないないと大騒ぎして悪い印象を残してしまったこともショック。帰宅後、ダブルショックで寝込みましたとさ。


真ん中の赤いシューズを履いた小さい子が娘。
バレエを習っている小さい女の子達の、ちょっと生意気な感じが微笑ましくて好き。
2003年11月12日(水)
 太陽を久しぶりに見た気がするのは私だけかと思っていたら、会う人会う人みんなが、お天気な事を喜んでいる。日の光ってやっぱり大切なのね〜。張り切ってお洗濯もした。上機嫌で整骨院に行き、待望の院長先生のマッサージに恍惚として幼稚園に行ったら、今日はクリスマス会で母の出番のためのコーラスの練習日だったのに、と知らされた。がびーん。またやってしまいました。どうして毎日こうそそっかしいのだろうか。プリント類をきちんと読むのなんか基本じゃないかア、バカバカと自分を責める。オットがいうのにはOLをしていた頃の私は穴がなかったとのこと。ええ〜?それって私?じゃあ、もう今はぼけてるってことでしょうか(T_T)
 バレエ教室で面白いこと…12月の発表会では、娘が所属する一番下のクラスから見ると雲の上の人のように感じる小学校5年生のお姉さんとからむ。その方のソロを口をあけて眺める小さな女の子達…(笑)これぞバレエ!って言う感じ。これに比べたら、娘達のレッスンはバレエと言うよりリトミック?そのお姉様の細い事細い事、夢のごとし。足がものすご〜く長くて、ほぼ体の半分。ひらひらのちびっ子達とはちがうシンプルな大人っぽいレオタードも羨望の的。いやあ、あなたたちオチビさんは今は今で可愛いんだけどね、そうね、頑張ればああなれるかもよ、なんてここぞとばかり、母親達は娘をそそのかす。どうして考え付かなかったのでしょう、小さな女の子達にやる気を喚起するには、少し年上のお姉さんバレエを見せる事が効果的だと言う事を!私の娘はすっかりお姉様にのぼせ上がり、帰りの更衣室でお姉さんの前に立ち尽くし、恥ずかしそうに、でもニコニコしながらひたすら見つめるので、お姉様も照れくさそうに笑いながら困ってらっしゃいました。がんばれ、おチビさんバレエ!


14才の時、この作品に出会ってなかったら、私は全然違う人間になっていたかも、
と思うくらい影響を受けました。
有名なこのカットはソルジャー・ブルーですね。
私が好きでたまらないのはジョミーっす。
2003年11月11日(火)
 寒いと眠くなる…これって冬眠?
 子供達を幼稚園に送り込んで病院へ行く道、帰る道、ぼんやりと雨の中を歩いた。川面に落ちる雨と広がる幾十もの波紋を眺めながら、頭が空っぽになる感じが楽しかった。いつもは子供を連れていて、まして雨の日はもっと危険度が高くて、私はきつい気持ちを顔に出しながら歩いているはず。守るべきものがない気楽さと自由はこんなに心をリラックスさせるものだったかしらん。
でもやっぱり数時間後に子供を迎えに行くと妙に懐かしかったりして可愛いのだ。気持ちを少しでもリフレッシュさせた後は気持ちの余裕が全然違う。たとえ息子が私の制止を振り切って走って落ち葉に滑って転んで泥だらけになって泣いても、可愛く思う。帰ってから息子も、着ていたものも丸洗い。母がいてくれるので息子を預け、娘をまた時間差で迎えに行く。火曜日は娘を延長保育してもらっているのだけど、息子と帰り時間がバラバラで出かけたり戻ったりが頻繁で辛いので、3学期はもう延長保育には申し込まないことにしようと、今日、急に決めた。
それも寒いせい。家で温まってからまた寒い外に出かけるのはいかにも億劫だもの〜(><)


娘の幼稚園のクラスのお母さん方と、バザー用に製作したもの。
恥ずかしいので自分で買ったさ、フン!
2003年11月10日(月)
 寒い雨の月曜日って悲しいような。でも整骨院に行って肩を揉みほぐしてもらい爽快。この効果は9時間くらい持続した。これからもっとマメに通おう。心が潤うわ。
帰宅してふとカウンターの上に目をやると、ぽつんと息子のフォーク箱が置き去りに去れている。がびーん、また息子のお弁当袋にいれ忘れたのだ。しくしくと泣きながら幼稚園に懺悔の電話をいれる。相変わらず粗忽な母よと笑われましょう。悲しい。私は幼稚園の先生方がとっても好きなのだが、あちらさまにはさぞかし重荷な母子だと思う…。
色々、お人形への野望を捨てきれないので、これからマメに節約に励み、宝くじもせっせと買う事にした(節約ではないのでは…)でもオットにはやはりいい美容院に行って欲しいと思う。オットは今までとてもカッコいい髪型をしていたのだが、子供の教育費にモノイリな今日この頃、美容室のランクをぐっとさげ、お値段も半分以下に押さえるようになった。そうしたら…なんだかオーラがなくなってきたような(^_^;)やはり有名人も訪れる表参道の美容室の力は伊達ではなかったのだ、と気付く。野球を見るくらいしか道楽しない(んだと思う、たぶん)オットにせめて髪型道楽くらいして頂きたいものだと思う。


美容院にて七五三支度完成直後。
1時間半ものヘアメイクと着付け、娘はとても頑張りました。
髪飾りだけ新調して、あとはすべてきっかり30年以上前に祖母が用意してくれた私の着物。
2003年11月9日(日)
 7時40分にはもう美容室入りして、娘の七五三は始まった。いや、息子も数え5才だから立派な主役なのだけれど、やはり女の子の晴れ着というのはその輝きで他を圧倒するもの。娘の着付けが終了した瞬間、私はしみじみと彼女が生まれてきてくれた事、今まで無事に育ってきてくれたことを感謝した。まさにこれが七五三の魂なのでしょうね。それから教会へ。娘の通う幼稚園は教会付属で、その教会で希望者には七五三のお祝の式をしてくださるのだ。娘のクラスの女の子のほとんどは申し込んでいたので、とてもいい記念になった。でも慣れない着物を着て、1時間の大人用のミサに耐え、その後の七五三のお式もがんばり、家に帰ったときには、着物を着付けてから6時間たっていたのだけど、娘は本当にがんばった。特に最初のミサの長さときたら!親でも辛くてだれそうになった(いやもう、絶対私はカトリックの信者にはなれないと確信した)のに、娘はきちんと座り通し、まったくお行儀を崩さなかったし、たくさんの写真撮影にもいいお顔をしてくれた。着物を着ている7才の女の子というのは、本当に華やかで、特にお年寄りには大絶賛していただく。美容院で私が、娘が苦しくなる事を気遣ってあまり帯を締め上げないでとお願いしたせいで、教会でのミサの間にずり落ちてきて困っていたら、信者さんの中の年輩の女性が走り寄ってきて、鮮やかな手付きでさっさと着付けを直して下さった。
帰宅後、娘がぽつんと「ゲタ、痛かったの」と呟くのでいじらしさに胸が痛くなって彼女を抱き締めた。下駄じゃなくて草履だよと教えつつ、そうだよね、足袋も草履も初めてだものね、親指と人さし指の間が痛くなるよね、ママもそうだったよ、と話す。そこでしつこくパパがまた写真を撮ろうとしたら
「もういいのよ!」
とついに娘がキレたので、家族で大笑い。それにしても疲れました。いやでも、来年は満7才と5才でまたやろう、七五三。とりあえず、お正月にはまた娘に着物を着せる事、決定。
 駆け付けてきた義母が美味しいお刺身をたくさん持ってきてくれたので(オットの実家は漁港の町。でも実家は漁師でも農業でもない)皆で舌鼓。義母が帰ったあと、夕方から夜まで2時間程、家族全員で仮眠。ただ私だけ起きて、色々な考え事をしていた。究極の疲労状態でも眠れないのは、心がまだほどけていないからだろう。無理をして眠ろうと努力し続ける事に疲れて、一人起きた時にはすっかり肩凝りがひどくなっていた。
夕食の下ごしらえをし、洗濯をして、ソファに倒れ込む。目を閉じながら音楽を聴くと、涙があふれてきて、胸が痛くなることがある。幸福な毎日の中にどこか時々痛みが走る瞬間がある。ふと不安になる。それはなぜなんでしょう。宗教に心を開く事ができない私だけれど、薬には頼りがち。


娘用、アリエルのフォトフレーム。
2003年11月8日(土)
 明日は子供達の七五三。面倒臭いと思いつつ、でも記念として形を残しておきたい、何かしたいと思ってしまうのが親心。子供を持つと色んなメモリアルが欲しくなるのね〜、自分の願望として育児の足跡を節目節目に残しておきたいっていうか。だから面倒臭くてもしかたないんだわ、と武者震い。明日に備えてがんばらにゃあ。
 朝っぱらから眠っているオットと子供達をそのままに病院めぐり。虚弱な自分を実感。自分の中のテンションをあげたくて、病院の時間待ち用に買っちゃったのは羽海野チカ先生の「はちみつとクローバー」。…ハマりました。帰宅して、家中を掃除して、昼食作って、息子の着物をレンタルしに行って(彼があまりに大泣きするので、急きょ、明日の式は普通よりましな服ですることに決定)、娘の着付けを頼む美容院に着物一式を持って行って軽く相談し、オットと息子を私の母を迎えに東京駅に派遣し、その間娘と喫茶店でお茶をしてバレエ教室に行って、帰宅して母にあって、夕食を作って〜という合間合間に、一気に5巻読んじゃいました。ああ、なんかこんなに没頭したの久しぶり。一言で言うと甘酸っぱいの〜。オットも合間にちらっと1巻の半分を読み、「こんな大学時代送ってたよなあ!」と感嘆。登場人物みんな可愛かったりする所が少女マンガらしくていいわ、いいわ♪はぐみちゃんが、ジェニーちゃんで遊んでる!そこへ竹本君が家具を作ってあげると申し出て、ロココ調家具を要求される、というシーンに大笑い。いい、私も欲しいよ竹本君!でもね、はぐみちゃんは森田に持って行かれるねって、もう最初からすぐに私もオットも分ってしまったです…うう、いじらしい竹本くん。
久しぶりに、本を読んで声を出して笑いました。ああ、笑うってすごく気持ちいい。
今まで、本当に音楽って聴いていなかったけれど、一昨日から暇があればCDを聴いている。大澤さんが重点的になるのは仕方ない。ただ自分で自分に呆れる。昨年、大澤さんが密かに復活ののろしをあげた時のアルバム、それをすぐにオットが手に入れてくれて聴きながら、聞き流していた…。車に乗った時の一瞬だけ、昔の音ばかり聴いていたのだ。でも今、心に余裕を持って(いや、持ってないかな…?)大澤さんの昨年と今年の音を聴くと…涙が止まらない!なんてことでしょう、また泣かされてしまいました。あああ、やっぱり勝てない、この人には。ここまでキタラもう一生ファンだなあ、とまた思う。
羽海野先生といい、世の中には本当に素晴らしい世界をつくってぐいぐい引っぱって行ってくれる才能のある人達がいるのね。その存在に感謝するばかり。ヴァーチャルな夢も必要だと思うから。


オットのおみやげのフォトフレーム。
オットは外で私や子供達が気に入りそうなものをみつけると、ひょこっと買ってきてくれます。
2003年11月7日(金)
 「Dolly bird vol.2」を見ていて、羽海野チカ先生のSD「ことりちゃん」の可愛らしさに胸がキュンとなってしまった。飽きずに眺め続ける。ポスターにしたいくらいだ…。羽海野先生は、今年の春頃初めて知った漫画家さん。その頃このサイトを閉鎖していた私は色々な点で煮詰まり、心理的にボロボロ状態だったのだけれど、子供達の前で笑顔をみせないわけにもいかなくて、オットの計画通り、気の進まない旅行に出かけた。そこで読む本に困り、(私は枕が変わると眠れない、なので極端に旅行嫌い。今では自分の実家に泊まるのも嫌なくらいだ。加えて、眠る前に何かを読まないと睡眠状態に入れない)本屋で適当に探したのが久しぶりのマンガ雑誌だった。最近の漫画家さんを知らないのだけど、何か切り口になるかもと思いつつ、なるべく読み切りが多い本を購入。その雑誌の看板になっていたのが羽海野先生の「はちみつとクローバー」で、これは全然読みきりではなかった。話の途中、なのに面白かった。まず絵が可愛いし、線のタッチがもろ好み。だからいつかどこかでまとめて読みたいなあ、と思っていたのだけれど今、無性に読みたくなってきた。
ヒロイン・ブライス、「はみだしっこ」がはいっていることにハッとする。グレアムとアンジーがよく出来てる。懐かしさに思わず胸がいっぱいになる。こんなお人形雑誌ができて嬉しいなあ。私の絵本っていう感じ。
 昨日活動を停止して家に引きこもり、今日は出歩いたのだけど、皆に一昨日より随分顔色がいいと言われた。やっぱり休息って大切なような。精神のリフレッシュも大きい。昨日は大好きな大澤誉志幸さん三昧していたのです。我が家は子供中心にほぼ一日中子供番組orビデオがついている状態だけど、子供が遊びに熱中した瞬間にさっとそれを消して、CDをセット。家の中で大人のためのCDを聞くなんて久しぶりの事だったんだけれど、そうか、これが大事だったのか!と気付く。大澤さんのハスキーヴォイスを聴きはじめたとたんに、精神状態が上向きになっていくのがはっきりと分った。気がつくとふと涙ぐんでいたり。ずっと前の日記にも書いたけれど、大澤さんを知った頃を思い出すと、どうしても父の死の記憶につながる。それは私の子供時代の終焉期だったし、たどたどしい大人としての第一歩を踏み出す頃でもあり、思いがあふれていたのだ。神戸の坂道を、六甲おろしという異様な北風に立ち向かうように自転車をかっとばす女子高生だったわたし…。今はこんなに遠く、あの頃と180度違った生活をしている。音楽は読書の次に私の友達だったけれど、大澤さんの歌はいつも私の心の背骨になっていた。大澤さんが歌手活動を止めると宣言した頃、私は第2子を妊娠中で福岡に住んでいたけれど、東京でのラストライブに駆け付けた。それから4年の沈黙を越えて、大澤さんが帰ってきてくれて、私はファンとしてひたすら嬉しい。お互いに年をとりましたわねえ、と思いつつ大澤さんの写真を見つめる。ごそごそと古いビデオをひっぱりだし、夜中の2時まで観ていたらびっくりするようなものも色々入っていて楽しかった。スリムな岡村靖幸、色っぽい。ユニコーンもバービーボーイズもまだ解散してません。篠原涼子、まだ小室ファミリーでtrfとジョイントしてるし。
大澤さんの歌を聴いていてやっぱり、と確信したこと。伊達に年はとってない。年をとるのは悪い事じゃない。
体力はなくなるけど、蓄積が増える。だから生活も楽しくなる。何気ないことの繰り返しであっても、どこかにキラキラしたものがあって、だから人生は楽しいんだっていうこと。
 夕方、オットからメールがはいり、フジテレビのスーパーニュースに彼の職場が映るとのこと。どれどれと観ていたら、確かに。人気上昇中の漫談師の方がオットの職場を訪問。並みいる女性達をぶった切り。昨日の今日で、あまりにもタイムリー。オットの姿もちらちらと映り、娘が大喜び。私もおかげで彼を取り巻く人たちを拝見できて、妙に納得。ああ、こういう雰囲気判るなあ。ま、オットには確かに試練かも…。


お人形好きで、大澤誉志幸ファン…そんな方いらっしゃらないでしょうか?
2003年11月6日(木)
 雨の音を聞きながら目をさまし、迷いながら朝の支度。ふと見ると娘が鼻血をだしていて(^_^;)あ、こりゃ娘もお疲れサインだなと思ってやっぱり休みを決意した。眠っている間に鼻をこすったのだと思うけど、それもいつでもでるわけじゃないしね。子供達を幼稚園に連れて行かないとなると、朝の時間のゆったりしていること。オットのおやつ用のおにぎりだけ作る。彼と二人でゆっくりコーヒーを飲み、新聞を読み話をする。家から一歩も出ないとなると雨の日の暗さも音も心地よくすらある。
オットが浮かない顔なのは、ひとり出勤するから、ということより昨夜の飲み会で同僚の女性から不愉快な話を聞かされたかららしい。それは女性社員の間で、オットのところへ仕事として色々な芸能プロダクションなどから電話がかかってくることを極端に歪めてデタラメに噂されたもので、オットが二人の子供を芸能プロに所属させ、その仕事のやりとりを会社で仕事中にしているというのだ(苦笑)えっと、家の子達は芸能界に入る予定はございません。確かに娘は赤ちゃんの時、一瞬だけモデル事務所に所属した時期はあったけれど、引っ込み思案で人見知りなので仕事なんかできないっす。そんな噂を流されるのは、オットが会社のデスクに子供達の写真を飾っているのが原因だろうとその女性は言ったそうだ。悪酔いして帰ってきたオットは、独身女性の意地悪への嫌悪感にまみれていた。
去年までの彼の職場には既婚男性がたくさんいて、みんな子供の写真を飾っていた。それが働く男達の励みになるからだ。しかるに結婚する予定もなく(現在、恋人もいない人がほとんどだそうです)明らかに出産予定もたたないであろう女性達と言うのはなんと意地悪なのだろうか、そんなだとますます幸福が遠ざかるだろう、そんな女に人間としては勿論、セックスアピールを感じる男はいねえよ!と、怒りを吐き出して昨夜寝た彼。今朝もむっつり。
オットの同僚なら男女平等のお給料に出世、女性としてはかなり社会的地位が安定していると思う。そりゃあ、中身は地味な仕事だし、嫌なことも多いだろうけれど。でもどういうわけか、私が同じ会社で働いていた頃から、完全に異性と縁がなくなる方が多かった…。私のようにさっさと結婚してしまうと、視線が刺々しかったのは事実。
いい仕事に付いても、結婚…っていうかいい恋できないと、女は不幸なのかしらね。不毛な感じ。
 不機嫌なオットを送りだし、子供達が起きてくるまでの間、好きなCDを聴いた。ゆっくりとコーヒーを何杯も飲んだ。心が感動でほぐれていく。好きな歌手がいるということは幸せかな。
思い立って母に電話して、我が家に来る時に私が昔作った、好きだった人のスクラップブックを持ってきてくれるように頼んだ。すると母が私の体調をきき、悪いと言うと、自分も体調悪くてあなたも悪かったら何もならない、あなたはちゃんと私の食事を作ってくれるのか?ときいてきた。今までもつくってきたと思うけど…。お母さん、あなたは私が子供達と3人きりの時に倒れればいいと言うの?普通、そういう時には娘の側にいてあげようと思うのが親心なのでは?と指摘すると、不満そうにもぐもぐ言う。子を持って知る親の恩というが、ますます判らなくなることもある。トホホ。


ユージン社のカプセルトイ、ディズニープリンセスシリーズの中のアリエル。
大人も満足できる出来の良さです。
2003年11月5日(水)
 体が切実に休息を求めてるなあ、と感じたのは娘の幼稚園の保護者会の最中に、どうしようもなく気分が悪くなった瞬間だった。このテの貧血には自慢じゃないけど慣れている。気分の悪さの波が、どういう風に来て去って行くのか判るから、気持ちだけコントロールして確かにしているようにした。
概ね、私は朝が苦手。目覚めた瞬間から体が重くて、まるでずっと泳いでいたあとみたいな感覚が体にある。醒めない頭をなんとか活性化して朝の日課をこなし、体に無駄な重力を感じなくなるのが午後からなのだ。
なので、絶望的な体調にも関わらず娘のバレエのレッスンには行った。でも明日は倒れそうな予感がする。雨だと言うし、息子の幼稚園は来年度入園のお子さま達の体験入園日でお休みだし、いっそ娘の幼稚園も二人の幼児教室も休ませて、多少の犠牲は覚悟してでも一日ゆっくりごろごろしていようか、と早くもずる休みの予定。
でも友人から電話がかかってきて、ただ事じゃなく顔色が悪かったから、それで休んでも全然ずる休みじゃないと思うと言われた。
悲しいことに一日の中で一番体調がいいのが夜中近くである。オットが仕事で遅くなる間、子供達の上着をかきあつめ、お針箱を持ってテレビの前に座る。私は歴史や未術を扱った番組が好きで、でもオットは退屈がるので録画しておいてはこういう瞬間に観るように心掛けている(録画自体、あまりマメにする方じゃないのが自分でも残念)。なぜ子供達の上着かと言えば、今日もらったお手紙でフックに上着をかけられるようにするため、大きめのループを綿テープなどでつけておいてほしい、と書いてあったからだ。丈夫なボタンつけ糸でちくちく縫う。これだけのことに心が休まる。お針箱=心の薬箱かも。


突然、アメリカから届いた夢。
義妹のTちゃん、ありがとう〜〜〜!!
2003年11月4日(火)
 時々、自分はなんて孤独なのだろう、と思い込んでしまう時がある。それはもう物心ついたときからの私の癖で、たぶん人一倍甘えたがりの寂しがりで、人に愛を求め過ぎて応えてもらえないと感じたような瞬間に、そういう気分になるのだろうと自己分析してみる。だから私が悪いのだと納得する。期待し過ぎてはいけない、というのが私の母の持論だ。そうすれば失望も小さくて済むのだから、と子供の時からよくそう言われていた。鬱的考え方だけどね。
 実は、振り返れば私は孤独な人生どころではなかった。いつも誰かが気にかけてくれ思いやりの手をさしのべてくれていた。私が人を助けるより助けられることの方が断然多い人生だったと思う。若い女の子じゃなくなった今でも、もう不完全、未完成な人間として許されるには年をくいすぎた今でも、多めに見て下さる人はいる。
 息子の幼稚園の個人面談で、担任の先生、保育主任の先生とお話させていただいた。先生方のお人柄、教育に対する情熱に胸が温まり、とても大きな愛を感じてしまった。息子に向けて頂く先生方の愛情が、結局はその母である私をさえ包んで下さっているのだった。さりげない会話の端々から、我が家の状況をよく掴み、気にかけてくださっている思いが感じられる。それで思い出した、今までもいつも誰かがそうやって見守ってくれていたことを。
愛には愛で返すものだと思うから、私も先生方の情熱に対して誠実でありたいと思いながら帰宅すると、私を鬱に追い込んだ元凶の実母から電話があった。刺のない優しい声で、週末の子供達の七五三に間に合うようにやはり上京するから、という。母は私にとって大きな存在であるだけに、あまりにも色々な思いがあって正直辛いのだけど、母の思いを受けることにした。幼稚園の先生から優しさをたくさんもらった後なのがとても良かった!そうでなければ私は、母に素直になれなかった気がする。
 頑張ろうと思ってさしあたり子供達を抱き締め、子供達が喜ぶハンバーグを作ってあげていたら思いがけず、オットの妹Tちゃんから小包が届いた。開けてびっくり、米国マクドナルドのハッピーミールだったマダムアレキサンダードールである!えええ!?と目を疑い信じられない気持ちでいっぱいになりながらTちゃんからの手紙を読み、また暖かさに触れて、感謝の気持ちでいっぱいになった。
 自惚れかも知れないけれど、私は人より背負っているものがちょっぴりだけ多くて重い。でも私の主治医の先生(大正8年生まれの女性)がいつも言われることだけれど、「神様は、その人が背負いきれない荷物を背負わせたりしない」のだと思いたい。神は目に見えない。具体的な宗教に私は心を開くことはできない。でもその存在をふと感じることがたくさんある。色々な人の心の中に。巡り合わせの運命の中に。愛を与えられるばかりでなく、与えることのできる人間に、私も成長しなくちゃ。


英語教室でのハロウィンパーティーで、白雪姫の衣装を貸してもらった娘。
とても御満悦。
2003年11月3日(月)
 鬱病と言うのは人に伝染すると思う。病原菌になってはいけないわ〜。悩んでも仕方ないことは諦めようと思う。(華原朋美の「あきらめましょう」は私の密かなテーマソングだったりする)
 昔、仕事で五木寛之氏の講演会を拝聴する機会があった。失礼ながら私はファンではないので、さほどの興味をもっていなかったのだが、その講演は印象的だった。氏は「根暗という言葉を若者が乱用し、それがさも悪しきことのような風潮があるが、暗い気持ちになることはそんなにいけないことか、いつもいつも明るくあることがそんなに良きことだろうか、悲しいこと、切ないことを経験し、沈んだ気持ちになること、それも自然で避けがたいことなのではないか。そんな感情を押さえ込むことは不自然であり、偏ることは決して正常ではない」というような主旨のお話をなさったのだが、それは私の眼から確実にウロコを2枚くらい落としてくれたと思う。8年以上たった今でも記憶に残っているくらいだから。
ト、いう訳で根暗な気持ちは否定しないけど、傍を巻き込む鬱は嫌い。自分がそうなりかけたら、自分を隔離。韜晦してます。


本日のドールショーの戦利品♪
モダンサークル・メロディ、’00高島屋限定キサラ、キャッスルのリカ。
こんなに可愛い子たちを一気にお迎えできて、幸せ〜。
2003年11月2日(日)
 ドールショーに行かせてくれた神様とオットに感謝。思いっきり楽しみました。<R’s>のりえこさまブースでSHIROKUMAカフェのチョビさまと待ち合わせをして、会場をひとめぐり。パソコンのモニター越しではなく、直にお人形やドレス、小物の数々を見られるというのはまた格別の幸福。緊縮財政とか言ったその舌の根も乾かぬうちに、3体ものお人形を買ってしまうなんて、自分でもその罪深さにおののいたけれど、でもでも、お安かったのよ〜。チョビさまとお食事して、たくさんお話させて頂いて、とても楽しくて、ああなんかすごく自由だなあ、なんて羽をのばした。
 たくさんのお人形を見られて楽しかったけれど、スター社のエミリーというお人形にハッとときめいてしまいました。
http://www.star-dream.com/aaemily/flameemily.htm
帰宅して調べたサイト。値段を見て唸る。オットも「あ、可愛い!」と言ったからすごいけど、そのオットが「0万円くらいするんじゃないか?」と見事に値段を言い当てたことにもびっくり。うーむ、キサラ以外は全てジェニーと言い張り、ブライスとタイニーベッツィーしか見分けがつかないと侮っていたけど、密かに鑑定眼を磨いていたのね。…ヤバイ(汗)
 そのオットはというと、私がいない間、子供達を連れてまた吉祥寺行き。井の頭公園とユザワヤに行って、大学時代のお友達と合流し、そのまま地元に戻って、自分の出身大学の学園祭に足を運んだ。私はチョビさまと別れた後、その大学で家族と会った。朝、別れたきりの息子が輝くような笑顔と熱意で迎えて、飛びついて抱きてくれる。叶わないなあ、この愛情には、と実感。子供は常に、私の心配事であり、喜びでもある。娘はオットのお友達にすっかりなついていた。オットは何ごとも主導権を握って人生をすすめて行く人なのだが、その旧友のEさん相手だと、どうしても彼にリードされてしまうことになるようだ。リードされることに慣れないオットがシオシオと従っているのを見るのはなんだか可笑しい。Eさんという人は本当に頭がいい人なんだなあ、と思う。人の気持ちがさっと読み取れ、最善の展開をシュミレーションし、スマートに物事を運ぶ。そこに嫌味さがない。驕らず高ぶらず、ただただ優しい。オットは「無償の愛だなあ」と彼と別れた後、しみじみと呟いていた。Eさんの奥さんは、中一になる息子さんを育てつつ、介護士、保母と資格をとり、現在調理師の免許を取得するため、3年間の実施訓練のためにイタリア料理店の厨房にお勤めとのこと。素晴らしい。私も実は、保母の資格をとりたいと思っているのだけど、思うだけじゃダメだなあとしみじみ反省。
でも昨年の今頃は正体不明の弾丸小僧だった息子も今、かなり人間らしくなり(笑)、娘も成長してきて、確かに私は少しずつ、束縛から解放されつつあるのだから、素敵だと思う人たちを見習って行動していくようになろうと思う。
私がお人形を買ってもオットがニコニコと許してくれたのはEさんのおかげ。りえこさま、チョビさまと共に、本日感謝を捧げる人です。皆さん、ありがとうございましたm(__)m


オーロラ姫。お顔が一番綺麗なんです。
2003年11月1日(土)
 娘のバレエ教室に行く以外に目的がない土曜日は久しぶりだった。とはいえ、11月のカレンダーをめくってみると3分の1程度はすでに予定が埋まっている。というか一週間で何にも予定をいれないようにしているのは金曜日だけだし、それすらお友達との社交日と決めているので、本当に何もない日、というのはないのだ。
嵐の中を駆け抜けるようだった10月を過ぎて、今朝、何もないと確認しあうと、私とオットはすっかり今までの疲れがでてしまった。第一わたしはまだ風邪がなおってないし。ビデオをベビーシッター代わりにしてはいけない、と言われるが、こういう時はビデオさまさまで子供達の注意をひきつけておいて、夫婦でゆっくりのんびりする。
ヒュー・グラントの「アバウト・ア・ボーイ」という映画を観た。ヒュー・グラント、この間観た「ブリジット・ジョーンズの日記」の中でのいやらしさが効いてて、好きになってきたので、違う彼もみたくなったのだ。中々面白いいい映画でオットも満足。
しかし一日主婦業を放棄してみると、家と言うのは荒れ果てるもので、こんな時、息子のパワーを改めて思い知りためいきがこぼれる。それでも最愛のダーリンにはちがいないのだけれど。
娘の学習机とかランドセルの購入を検討する時も来て、我が家は緊縮財政を強いられることになった。欲しいお人形があるなんて全く言えない状況です(涙)