このページまで律儀に読んで下さっていた皆様、今年も本当にお世話になり、ありがとうございました!
来年もなにとぞよろしくお願いいたします。

2003年12月31日(水)
 私が寝込んでいて家がまだまだ荒れていたので、大掃除がんばった。でも実は朝からオットと二人で、子供が起きてくる前にのんびりと映画を観た。ジェニファー・ロペス、レイフ・ファインズ主演の「メイド・イン・マンハッタン」。うーん、軽くていいかな。P・コーンウェルの検屍官シリーズ最新刊も読了。まだ話は続くので、「続きまだ〜!?」って感じである。本の帯の作者の写真を観ていると、やはり自分自身をモデルにスカーペッタをイメージしてるのかな?と思う。この作者が書いたという「切り裂きジャック」を読みたい!
体調がよくなると、つくづく人生が楽しい。掃除も楽しく、庭仕事も楽しく、熱中してやりました。オットはダイニングセットを子供達をいっしょに真っ白にペイント。ついでに案の定自分達もペイントしちゃって笑わせてくれたわ。
朝から買い物をしてまわって、いつもお世話になるカフェーやスーパーの店員さんたちに御挨拶。夕方には子供達が大好きなケーキ屋さんに寄って美味しいケーキとお茶で乾杯。
大晦日の夜は皆さん、どんな夕御飯を召し上がるんでしょう。我が家は今年はすき焼きにさせて頂きました♪最初にお肉を炒め、醤油と砂糖と日本酒でしっかり味をつけてから煮込み始める関西風。オットはこれにメロメロ。舌鼓舌鼓。ああ、健康ってありがたい。

今年はとってもたくさん、思いが溢れた年だった。嬉しい事も辛い事もたくさんあり、愛とか執着についてとても考えた。そして分ったのは、私は私でしかなくてその本質は変わりようがない。自分に似合った生き方をするのが一番、ということ。執着し思い続ける事も愛なら、離れた距離から祈るだけの愛もあって、どれも甲乙つけられないくらい暖かいということ。私はいつも一人ではないけれど、たくさんの人が手をさしのべてくれたけれど、心はいつもさみしくて、そのことに罪悪感を持っていた。でもそれでいいんだと思えるようになった。人はやはり一人で生まれて一人で死んで行く。孤独を受け入れる余地を自分の心の中にもっていることは、ある意味心の強さになるように思う。そんな私はどこかよそよそしくて、親しい人を傷つけてしまったかも知れない。そのことだけは謝りたい。私なりに色んな人に親しみを感じて、感謝もしてきたのだけど、いつもその想いの半分も上手に相手に伝え切る事ができなかった。でも本当に心から感謝していたし、嬉しかった。思いやりが嬉しくて、ありがたすぎて痛くって、それで思わず泣いたりしていた。迷惑をかけたくない気持ちが一番強くて、でもそれは「借りをつくりたくない」というわがままだったかもしれない。
そんな私を許してくれた人たち、本当にありがとう。来年もよろしく…。

素敵な本や音楽や映画、お洋服や靴、そしてお人形。楽しい事たくさんあったな。来年もきっと楽しいはず。
すべての人にとってまた新たな幸福な一年がやってくる…。

みなさん、よいお年を!!


冬の青空は美しいです。
2003年12月30日(火)
ぐったりし続けて気がつくと一週間。いくらなんでも。
絶望的に言う事をきかなかった体から、けだるさと船酔いのような気持ちの悪さが急に去ったのはもう夜になってから。いやだわー、なんだったのぉ一体(T_T)すっかり冬休みの予定が狂ってしまったけれど、これから頑張る。というわけで、今頃年賀状を書きましたの、トホホ。お酒も美味しくなってきて、やっとやっと体調回復してきたのを実感。どうもコーヒーもお酒も飲めなくて、毎日お粥をわびしく煮てる自分を、本気でおかしいと思い始めてたのよね。


カリンの実。バラ科の植物だそうです。
2003年12月29日(月)
 私の予測をはるかに越えてまだ体調が悪いので、ついに病院に行く。「ストレス」「完璧主義」「リラックス」をお決まりの言葉と胃腸薬と吐き気止めのお薬を頂く。薬をもらった、というだけで少し気持ちが楽になったのと外の空気を吸うのが気持ちいいのとでぶらぶら歩き、本屋に寄るとパトリシア・コーンウェルのスカーペッタシリーズ最新刊「黒蠅」上下巻が出ていた。買う。この時期が微妙。今年最後の読書にスカーペッタを選ぶのか。それとも新年の最初の相手に選ぶのか。
結局、スカーペッタと共に年を越す事に決めた。今までの一人称から三人称に語りが変わっていることに驚いたけれど、さらに驚きが。ああ、でももしかしてこんなこともあるかと思っていたのだけれど。


冬の庭園。

2003年12月28日(日)
「いい?ママ。若いお兄さんは悪い人だからね、ついていっちゃいけないよ」
 突然何を言い出すのだろうと呆気にとられる私、凍り付く周囲の人。
なんて人聞きの悪い事を。私が不倫でもしているようじゃあないですか。そんな相手がいたら人生華やかで楽しくて、人形遊びなんかしてないっすよ、たぶん。動揺する気持ちを押し隠してなんのことか娘に問いただすと、この秋フジテレビで放映していた「あなたの隣に誰かいる」というドラマのことだと判明。そういえば、これはたまたまなんとなくつけていただけの番組なんだけど、いつも娘はのめりこんで見ていたっけ。娘が言う若いお兄さんとは、俳優の北村一輝さんのことでした…。個性的な俳優さんで前から注目していたんだけど、娘の目から見てもかなり印象的だったらしく、ドラマのヒロインの夏川結衣さんが娘と同年令の女の子のお母さん役だったというのも彼女の気持ちの中でピタリと一致したらしく、ときどきふっと不安に駆られるらしいの。子供に見せる番組は気をつけなくちゃいけませんな。とりあえず、あれはテレビのお話で現実ではないから大丈夫と慰め、大変人聞きが悪いので以後口走らないように釘をさす。しかし数時間後、子供達がオットと外に散歩に行くと言う時、留守番に残る私にまた言うのだ。
「ママ、壁の中から白い男の子が出てきても泣いちゃだめだよ」
泣くっちゅうねん!!

ストレスを完全に心の中から追い出したいから、でも体が疲れているから、子供達もあまり苦痛を感じない程度の距離にドライブしたい、近くに海はないかしら?というところからはじめて、ネットで検索したら世田谷の近くに海はないけど(まあどれくらいを近いというか人によって全然違うと思うけれど)たまたま、綺麗なガーデンがあることを知って、即座に夫婦でそこへいくことに決めた。娘が好きなディズニーの曲ばかりを集めたテープを聞きながらのドライブ。そしてついた庭園は、この季節だからお花こそないけれど綺麗で気持ちのいい場所だった。オットが「冬の晴れた空って本当になんて綺麗なんだろうなあ」と言った瞬間にあっと思った。それは私がいつも思っている事。どうしようもなく好きなものがある。それは冬の晴れた空。どこまでも高く澄み透った冴えた美しさ。冬と言う季節は私にいつも高貴な美女か貴公子を連想させるのだけど、そんな感覚がやっぱりふと一致する人なんだなとあらためて思ったり。ささいなことなんだけど、人生と共に生きて行くためには大切な事だと思う、感覚の一致というのは。
暖かな食事を食べていい気持ちになって帰宅。こつこつと年越しの準備です。でも体調悪っ。


これはガーデニングフィギュアなのですが、あまりに可愛いのでお部屋に飾っています。
オットの友人が娘にプレゼントしてくれたもの。
なので、娘のものなんです。
彼女は私に盗られないかと恐々としています…。
2003年12月27日(土)
 ああ、年末だ。予定通り、体が楽になってきました。どうも胃がしっくりこなくて、ここ数日やたらに紅茶が美味しい。いつもの私は断然コーヒー党。でも具合が悪くなると飲みたいと自然に思わなくなって、代わりに熱くていい香り、そして見るからに透き通って綺麗な赤い色をしたたっぷりの紅茶が恋しくなる。体からの欲求には素直に従う事にして朝から、お気に入りのアリスのポットにたくさん紅茶を作って、時間をかけて飲む。
と、ここまではゆったりしていたのだけど、昨日を持って仕事納めしたオットによる魔の企画がまたぞろ動きだした。
まずは私が歯医者にいっている間に子供達と買い物、早めの昼食の予定。私は歯医者さんにはお世話になっているし、先生が気にしてくださるので今年最後の治療を丁寧に受けた。そこでオットから急からしく、責めるような拗ねるような口調で電話が。「なにしてるんだ?」歯医者で歯の治療以外になにをするというのでしょう。彼の予定、40分をオーバーしたのでもうすでにイラつき気味である。うっかり携帯電話の電源を切るのを忘れていた自分に腹が立つ。
それからまっすぐ青山へ。ここで子供達2回目のインフルエンザの予防接種。子供達大泣き。その騒ぎっぷりでも居心地が悪いのだけど、何が辛いと言って、先月のここでの人間ドック受診の際、長時間待たされた事へオットが院長に直接大抗議したことから、ここにいくとなんだかもういたたまれないくらい、下にもおかないおもてなしを受けてしまう事が辛い。事務課の課長さま直々に、一流ホテルマンも真っ青のにこやかで丁寧な対応で院内を案内し、どんな間違いもおこらないように完全にエスコートしてくれる。他の患者さん達の目線が痛い。ここは有名人が多数来る病院なので、なんらかのVIPかと勘違いされている感じである。やりすぎだよ…。私達が出る時はもう診療時間が終わってほとんどの患者さんがいなかった。そこへすっと車がとまってエントランス先に駐車した。あらら、こんなところに車を停めてもいいの?と見ていたら中からでてきたのは『夏』を歌う事で有名なバンドのボーカリストさんでした、太ってたけど。スキンヘッドのこわもてのマネージャーさんがでてきたら、娘が「あ、ツルツル…」と呟いたので、慌てて口を抑えました。ま、ああいう方のためにVIP待遇っていうものがあるのよね。
それから半年ぶり以上に表参道の美容院で私と娘、オットで髪をカット。子供と一緒にくつろげるようにとの気配りをしていただいて、芸能人用個室で、私も娘も見違えるように素敵にしてもらって華やいでうれしかったのだけど、オットの髪カットおよびカラーリングに2時間かかったのは疲れた。子供達と2時間時間を潰すのは並み大抵の苦労じゃなくて。気力体力を使い果たしてしまい、確かオットはそんなに時間かからないと言ったはずでは?と後になってムラムラと怒りが湧いてきた。オットも決して時間をかけるつもりはなかったらしいが、髪型道楽の彼はあれこれ希望を言って美容師さんがノッてしまい、結局楽しんで仕事していただいた結果時間がかかったとのこと。本当ならさらに2時間かけて完璧を期したかったけれど、愛する妻である私の苦労を慮って自己の欲求を犠牲にしてほどほどのところで切り上げたとの弁を、黙殺。
ちなみにその後オットが新規開拓と称して連れて行ってくれたお店もハズレ。最近はずしていることが多いのを自分でもわかっているオットはにわかにブライスを買ってもいいと言い出した。
ほんと!?ありがとう♪…とはすぐには機嫌をなおせない自分が、自分でも悲しいです。でも最近あんまり疲れすぎていて、本当になにかを欲求する気持ちが弱まっているのも事実なのだけど。なんだか、ぼ〜っと冬の海でも眺めに行きたいかなあ。私、海に入るのは決して好きじゃないんだけど、見てるのは好き。

今日は父の命日で、親不孝な私はこんなに自分勝手な一日を送っていたのだけれど、それでも父は笑ってみていてくれたのだろうか。


ため息がでるほど、素敵な絵本です。
2003年12月26日(金)
 熱はさがったのだけど足にまだ変な痛みが残っているのと、胃がどうにも気持ち悪くて絶不調。体をくの字に曲げて横たわっているのが一番楽で、子供の世話の最低限だけをこなすために起き上がるくらいで一日をすごす。ある意味、これって順調にスケジュールをこなしてるんですね。もう何ヶ月も前から発表会後、3日は寝込むだろうと予測をたてていたので。
昔から遠足とか運動会の前ではなく後で熱をだして寝込む子供だった。今は子供がいるから完璧に寝込むということはできないけれど、これは私には必要な心身のリハビリ期間。もし運良くどこも具合が悪くならなければ、お人形時間を作ろうという予定もたてるにはたてていたけど、やっぱり儚いゆめだったよう…。


娘がお友達に頂いた額縁。可愛い。
2003年12月25日(木)
 発熱、脱力。来た来た、来ると思ってた。のども鼻もおかしくないけど、膝の関節だけがだるくて体が重い。平熱が低い私にとっては37.8℃というのは結構高熱でございますです。
昨日ね、オットが子供達へのクリスマスプレゼントに任天堂のドンキーコンガというのを買ってきた。前からテレビCMを見て娘が欲しがっていたし、息子も太鼓系大好きだし欲しいねえとオットが言っていたけれど、我が家にはゲームキューブなんかないし、ほとんど聞き流していた。それをどーんとゲームキューブごと買ってこられて、なんかショックが大きくて…。いつもなら楽しんじゃえ、と思えるはずなのになんだかガンガンガンガン心の中に空洞が広がってしまって、くらっと疲れがこみ上げてきた。バレエの発表会ではピチピチリカとレディリカが一気に買えちゃうくらいのお金がかかり、色々、気をひきしめてかかろうと思っていた矢先でもあり、なんかこの頃、オットの行動が私の希望と噛み合わない。私はそんなにわがままかしら?ただ慎重に確実に、労を少なく効率良く子供達を守りながら無事に日々をこなして行きたいだけなのだけど。色々我慢していた糸が切れて、涙が出てきた。心身共に疲れておる様です。


アンリ・シャルパンティエの今年のクリスマスケーキです。
2003年12月24日(水)
 家から一歩も出ないで、日中は寝クリスマス…。オットが帰宅してから彼のテンションで子供達は盛り上がる。私はどうにも力が入らない。文字どおり抜け殻状態。
オットと子供が寝静まってからゴソゴソと古いビデオを取り出す。1988年?とかいうすごい古い番組を録画したもの。
大澤誉志幸の「ダンス・トゥ・クリスマス」というライブである。今観ても素晴らしい、新しい。大澤さん、なんて時代を先に生き過ぎる人よ。(この後、このライブの面子を久保田利伸がそっくりかっさらって、ニューブラッドというグループをぶちあげる。私は久保田さんの音楽も決して嫌いではないのだけど、企画ものはいつも2番煎じとして見てしまう)
今年はたくさんのことがあって、出会いがあって、軽やかに疾走するつもりで踏み出したのにとても濃く重く日々を重ねた気がする。人生観がとても変わったので、たぶん私がこの先も人並みの寿命を許されるなら、振り返った時に「人生のターニングポイントだった」と言える年になるのではないかと思う。14才以降、8年置きくらいにそういう年があるようだ。
色々な人のことが心に思い浮かぶ。とりあえず、メリークリスマス。感謝をこめて。

 

舞台は撮影禁止なので楽屋にて。
2003年12月23日(火)
 私は2回出産して、2回とも帝王切開だった。1回目は無知の強みで乗り切ったのだけど、2回目も帝王切開と決まった時色々な苦痛をほぼ正確に再現、予想できてイヤでならなかった。バレエの発表会はそれに似ています。
 いよいよ本番となったらもういっそ本当に楽しみにするしかない。幸いお天気が良く、娘も良く寝て朝食を食べて、好調。近くに泊まったから会場にもすぐに行けて余裕しゃくしゃく、皆とにこやかに挨拶をして声をかけあい、気合いをかける。早速メイク開始。ドーランは母親が塗るということで、全く初めての方が早速パニックに陥ったので、並んで一緒に塗りながら緊張をほぐす。娘の成長を感じた。昨年はこの顔ばかりか肩も腕にも塗るドーランの冷たさと匂いを嫌がり、娘はとても愚図ったのだったけれど、今日は気取って喜んでぬらせてくれる。それが済んだら、メイクの先生の前に行列。昨年はとても運がよく、上手な先生がとても上品にメイクしてくださって皆に羨ましがられたものだった。今日ははたしてそんな幸運に恵まれるだろうか?仕上がった女の子達のメイクを見るとなんかイマイチ。娘がお願いした先生は一番年嵩で老いたタカラヅカの男役の人、といった感じ。なんか古臭いこってりメイクをされそうだ…と思ったらあにはからんや。娘を見るなり「このお顔には余計なメイクはしません」と宣言、だた目元を少し強調するだけのとても品のいい美しいメイクをしてくださった。昨年と同じ幸運に恵まれたのである。この先生にして頂いたお子さん達はみな運がよかった。でもみんなが目の下に黒いラインをひかれて、お母さん方はそれを嫌がっていたのだけど、娘は引かれなかったので、「私もこの線、けしてもらってくる!」と意気込んだお母さんもおり、他のお母さんがやんわりと「その子その子にあわせて考えられたメイクなのよ」とたしなめる場面もあった。
発表会になって初めて知ったけれど、娘がこの2年通っているバレエ学校は所属人数が多い!その人たちが本物の衣装をつけて、何をするかというと、これが延々、撮影するんですねえ、プロのカメラマンの前でポーズをとって。これだけで4時間かかりました。もうひたすら待つ待つ待つ待つ!!その間に悲劇が何回も起こる。あくびしたら涙がでてメイクが流れ、目元から頬にかけて黒い筋がついてしまいピエロ顔になる子供達。全部クレンジングで落とし、ドーランから塗り直すように先生に言われてお母さま方、またしても集団ヒステリー状態。あくびしないで、あくびしないで!という叱責と言うか懇願が何回もあちこちから聞こえる。あくびしないけど思わず目をこすっちゃったAちゃん、かなり悲惨な事に。退屈して走りまわり素っ転んで撮影用の幕をひきずり落とした子とその親が怒られてから、さらに緊張感が高まる。ところがこういう時に私は娘の態度に感心してしまうのだ。悠然とし、落ち着き払って決して目をこすらないし、あくびもしない。大人しく座って気の合うお友達と静かにお喋りをしつつ、私が用意したらくがきちょうでお絵書きをしたり、ディズニープリンセスの絵本を読んだり、持っていったアリエルとシンデレラのお人形で遊んだり、とにかく乱れない。折り紙をだすと他の子も集まって来て、みんなに私が指導しながら折り紙大会をしたり、仲良しのUさんが持参なさった素敵なディズニーの絵本を読み聞かせてくださったりもして、子供達もお母さん達も落ち着いてきた。いい感じである。娘は12時頃空腹に耐えかねて悲しみだしたので、用意していたお弁当をだしたら、これまたものすごく上手に食べた。口紅の内側が少し剥げただけで全くメイクが崩れていない。お茶をすすめたら、口紅が剥げるしおしっこしたくなるから困るからいい、というのには心底驚いた。私はそういう注意を全く娘にいって聞かせていないのだ。6才にしてその配慮。一体どうなってるの!?
落ち着くと撮影を見ていて面白かった。じっくり衣装を眺める事ができる。感心したのはカメラマンさん。メインは女性なのだが、間違いなくバレエの事を熟知なさっているのだ。それぞれの役柄に相応しいポーズを適格に指示して、とても素敵な構図で撮影されているので、みんなで感心してしまった。その人より年輩の男性カメラマンが楽屋裏スナップを撮る役目らしく、談笑しているみんなの間を縫って撮影していたのだが、娘がその人に気付くなり突然きつい顔になり「あの人泥棒よ!」と抑えた声ながらも激しく言い出したのでみんなびっくりした。どうして、違うよと私がいうと「だって勝手に写真とってるもの、悪い人だよ!」と。みんな笑ったり感心したりしたけれど、私はまたとても驚いた。昔、アイドルの野外ライブを見物していたときにいかにもオタクな無気味な男が突然娘を撮りだしたことがあり、仰天して逃げたのだが、その時に娘はまだ3才だった。以後気をつけているのだけど、娘は3年前のそのことを覚えているのかしら?
驚きはさらに続く。いよいよ幕があがり、その瞬間が来る。舞台袖でくらっと立ちくらみをおこすほどに緊張して「がんばってね!いつもどおりでいいのよ、無理せず軽くね!」と声をかける私に、「大丈夫よぉ、ちょっと行ってくるわ」とすたすたと歩み去る娘。そして堂々と踊り切ったのだった。
舞台は夢のように美しくて、これまでのいらだちがとても報われた気がした。先生はこれをやりたかったのね、と納得。拾い会場ががらがらになることを心配していたのに、2会席まで埋まるくらいのお客さま達。たくさんの喝采。
これが病み付きになる事も確かにあるかと思う。客席から娘を見て、彼女のステップとリズム感が確実でちゃんとレッスンの成果が出ている事にしみじみ驚く。なによりあの落ち着きはどうでしょう。
お友達がたくさん来てくれて花束とプレゼントを頂きびっくり。家族ぐるみで来てくれたりしてとても嬉しい。息子の幼稚園の先生まで来て下さって、感激だった。
最後はバレエ教室のみんなとねぎらいあい、もう年内会う事もないので丁寧に御挨拶する。この1年、○○さんの真似ばかりしてきました、来年も真似させてくださいという方がいてすごく驚いた。学生時代の事を思い出してしまった。その頃、大親友と一時的に絶交したことがある。彼女があまりにも私のすることなすことにこだわり、私が何かを買ったり作ったりするとそっくり同じものを買ったり模倣したり、果てはノートの取り方から筆箱の中のシャープペンシル、消しゴムまで全部真似るのを目の当たりにして、気分が悪くなってしまったからだった。その後、彼女がオリジナルをめざすことで和解し、今も友情は続いているのだけど。最後に妙な気持ちになっちゃった。あれは褒められてるの?
そういえば、このサイトのことについてもたまに面妖なメールを頂きます。あなたが使ってる素材サイトのURLを至急ごれんらくくださいとか、タイトルが類似していても全く一緒でないならいいですよね?とか。返事に困るですよ。


本日お泊まりしたホテルはムーミンでいっぱいでした。
ロビーにムーミンマスコットが売られていて、あちこちの案内板なんかにもムーミンのイラストがついていて、
可愛いなあと思いながらお部屋に行ったら、浴衣もムーミンとフローレンの絵柄でした♪
2003年12月22日(月)
 バレエの発表会前日舞台稽古が夕方からあるため、朝から念入りに支度する。2着の衣装、附随する袖や髪飾りはもちろん、サテンシューズに新しいタイツ、髪をまとめるもの、シューズのリボンを縫い込むためのソーイングセット、普通のレオタードにタイツ、シューズ、タオル、前開きのドレス、カーディガン。サテンシューズの上に履いて行動するように先生から厳命されているニットソックス。これだけでもかなりかなりかさ張る。さらに家族全員で泊まり込むのだから、通常の旅行以上には大変な訳で、子供の退屈を紛らわせるもの、空腹時に備えた飲食物などの用意も気を使う。
発表会の何が辛いと言って、膨大な待ち時間ほど小さな子供を持つ身に辛いものはない。昨年の小規模の勉強会なる発表会では予備知識のない私達初心者クラスの母親達は、終始狼狽しっぱなしで、ヒステリー状態に陥ったものだ。同じ轍を踏まないためにもひたすら準備を怠らない。
そんな私がよくよく懸命に見えたものか、娘が「ママ、忙しくて大変だねえ、がんばってね」と再三ねぎらってくれた。彼女を育て始めて6年、初めてのお言葉よ。ありがとう、あなたさえ元気ならママもいいんだけど。
問題はオットが会社に行ったと言う事だった。バレエ発表会の決定を知り、半年前に即座に私がオットに頼んだ事はとにかく万難を排してそばにいて、手伝ってということだった。会社を休んで、前日から悠然と私が事に当たれるようにお願いだから協力して欲しい。オットはホイホイと了解してくれたのだったが、先月になってやっぱり仕事に行きたい、そのかわり15時には帰ってくると言い張るのだった。なぜ15時かといえば、その時点でバレエの先生は舞台稽古は17時から始めるとだけおっしゃっていたので、それまでには自宅から新宿に十分たどりつける、という安易な計画を即座に彼はたてたのである。
オットの言葉は私に対して質問調であることが多い。質問であるからには応えはイエスとノーのふた通りがあるはずだけど、その実、答えはイエスしか許されていないことが多い。この時もそうだった。事をあらだてて火花を散らせば娘が可哀想でもあり、私も自己嫌悪にハマりたくないので、「それってすっごく不安定な計画!ばっかじゃないの!?なんか計算ミスがおこったらどうするのよ!?」という言葉をぐぐっと飲み込み、ストレスへと発酵させたのだった。
さて、先週に先生が具体的なタイムスケジュール表をやっと配付なさった。それには楽屋に集合が16時となっていた。この時点で私よりオットが取り乱す。お前、集合は17時って言ったよな?確かに言ったよな!?うんざりし、口調と声音に気をつけながら私は「練習開始が17時だと言ったのよ」とだけ答える。オットの仕事(音楽関係)にしても、リハーサル開始の大抵2時間から1時間前に集合というのは常識だと思うのだが、なぜ彼はそこに思い到らないのか不思議である。普通、なんの障害もなければ、我が家から新宿まで1時間もかかりはしない。オットはそこに活路をみいだして気をしずめていたけれど、私の中には色々どす黒いものが渦巻きましたね。
以上の経緯をもって、オットは15時20分に帰宅。すぐに出発。すぐに渋滞。はっきり言って、新幹線なら東京から名古屋に到着している頃だなという時間に会場の舞台裏に飛び込んだ時には、女の子達はみな衣装をつけており、私はみんなにどうしたの、どうしてたのと迎え入れられて、気まずく腹立たしい時間をひたすら自分の中で消化しようと必死の状態で、それでも娘が無事に稽古の舞台に立っているのを客席から見始めた瞬間には、なんだか自虐的な笑いがこみあげて仕方なかった。時に必要な喧嘩もあるけれど、こと子供の前で母親が父親を責めるのを見せるのは良くない。機嫌よく優しくはできなくても、余計な事は言わないようにはできる。でもストレスたまりますね。胃潰瘍、簡単にできそうざます。
稽古が済んだのは2時間後で、周りのお母さん達との軽いおしゃべりに気持ちがほぐれ、「遅れて来てよかったわよ。私達、なんにもすることがなくて1時間ボ〜っと待っててつまらなかったよ。子供達が飽きて大変だったし」なんて言ってもらえてそれなりに気分もほぐれていたら、この2時間息子の相手をしていたオットが泣き言を声高にいいながらやってきた。それについても思う。私は毎日ほぼずっと息子といて色々なところに出かけ、肉体的にも精神的にも辛い思いをしているのだが、オットはなぜそれが私だと当然の事だと思い、自分の番になると献身的で大きな自己犠牲を伴う一大慈善事業をなしたかのように言い立てるのだろうか?オットは私が楽屋と言うものがある事を教えてくれなかったため、自分はずっと暗いロビーでぐずる息子の相手をしていなくてはならず大変辛かったと皆の前で声高に私に言い、皆の含み笑いを背中に感じながら私があえて表情を変えずにいるよう努力しているのに、「お前はもう、言葉が足りないんだからあ!」と言い放った。小さいとはいえ女の子が半裸になって着替える場所に、あなたがいられる訳ないでしょうがよ!と怒鳴りたかったけれど、ぐぐっと堪えた。
その後食事と言う段取りになる。こういうことになるとオットは得意…のはずだった。が、明日と言う祝日を控えた新宿の街は大変なにぎわいで、クリスマス・イブ・イブ・イブというので大人達が盛り上がり、子連れでいけるお店はなく、疲れて声もでなくなっている風邪気味の子供達をつれててくてく当て所もなく何十分も歩き回り、結局行列の後ろに寒風の中並ぶ事30分、やっと座れた時には、私の中から笑みは消え去っていた。「終わりよければすべて良しだな!」と言い張る夫の言葉を黙殺。子供のためにだけ、笑顔をつくり声の調子を整える。可哀想な子供達。泊まる事を嫌がりながらもあまりに疲れていたので、部屋にはいってすぐに眠ってしまった。オットもぐうぐう眠る。
今日は夕方合流した奥様方から「○○さんっていつも落ち着いて堂々としてる〜」「ほんと取り乱さないよねえ」と言われたのは皮肉だったのか褒め言葉だったのか。いずれにせよ、私って案外女優ってことでしょう。これから眠ると絶対怒りで歯ぎしりするよ。地団駄分で怒鳴り付けたいのに飲み込んだたくさんの言葉はどこに消えてなくなるのでしょう。オットが冬休みなったら子供達を預けて、私一人真冬の日本海にでもでかけ、思いっきり悪口雑言を叫んだ方が、体のためによさそうである。


今日はすごく久しぶりにお人形遊びしました。
すごく熱中できて楽しかった♪
ストレス解消になりました。
2003年12月21日(日)
 やっと息子の調子も落ち着いて来て、久しぶりにゆっくり朝寝坊をしてみた。でも娘がバレエの舞台上でタンバリンを落として泣き出すと言う悪夢をみてしまい(涙)ドッと疲れるめざめでした、シクシク。発表会が無事に済むまで母は胃が痛いです。
 とか言いつつ、今日も実は発表会。通っている七田のお教室のクリスマス成果発表会というもので、我が家の姉弟そろって英語で「We wish a merry x'mas」と日本語で「小さな世界」を歌うのだった。これがさっぱり練習していない…。もうヤケっぱち。子供達の体力温存のため午前中は家でのんびり過ごす事にしていたので、思いきってお人形遊び開始。念願の更新作業をすすめたのだけど、お人形と遊んでいると、た、楽しい。楽しいよう〜!あんまり久しぶりなので思わず感極まってしまった。
 午後からの発表会もうまくいった。息子は全然歌わなかったけれどとにかく舞台の上で立ってはいてくれたし、娘ときたら呆れる程の舞台度胸の持ち主であることが判明。うろ覚えの歌を、マイクを抱え込んで熱唱するではないですか。す、すごい…。外見はともかく、中身はとにかく私にそっくりと評判の娘だけれど、この部分だけは父親の天分を受け継いだみたい。よかった〜!
 帰宅後、嵐のチャイム攻撃がありました。もう続々と隣近所様から、各ご家庭での土産物を頂く頂く。有り難い事です。実は我が家は最近ものすごくりんごずいていて、食べても食べても決して無くならない魔法のようにりんごが溢れていたのだけど、今日はそれらをひたすら代わりに差し出して、すばらしい白ねぎや長芋などに変わりました。
もうチャイムは鳴らないだろうと日もくれて安心していたら再びピンポン。りんごを詰めた紙袋を用意しかけたら、相手は宅配便屋さんで、なんと待望の本が届いたのだった。
高橋真琴画伯の「おひめさまえほん」セット。素晴らしい!もうもう、ひたすらうっとり。ああなんて綺麗なんでしょう。今夜こそきっといい夢が見られそう。いやさ、みてみせますとも。


娘はお姫さまに会えることを期待して入ったけれど、
恐くて恐くてずっと泣きべそをかきっぱなしだったDLのシンデレラ城。
確かに趣旨として間違ってる気がしないでもないかな〜?
薄暗くて、オドロオドロしげなアトラクションが多いよね、ディズニーランド。
2003年12月20日(土)
 5ヶ月ぶりに発熱した息子が心配だった。ひどく苦しむと言う事はなかったけれど、薬の作用か風邪の具合か、中途半端に深く眠ったせいで午前3時から起きてゴソゴソしており、私にも一緒に起きている事を要求する。今日はオットの両親が来る予定になっていて部屋の掃除とか、ご飯どうしようとか、色々買ってもらう予定になっているけれどどのタイミングでどうお礼を言おうかとか、ただでも考え抜いていた私には結構なストレスでほぼ眠らないまま一晩過ごしてしまった。つまり朝から大絶不調…あはは…。
 でもなんとかなりました。娘のバレエのレッスンも、通常のお教室では今日が今年最後。やっぱりレッスンが殺気だっていて恐ろしい。22日の舞台稽古、23日の本番と山は目前に控えてきた。しかし、22日の舞台稽古が夜まで続き、23日は早朝に集合がかかっているため、私達一番チビっ子クラスのほとんどは、会場周辺のホテルを抑え、なんと前日から泊まり込みなのである。迷った末に我が家もそうした。それを言うとひどく驚かれる。それはもう普通の習い事ではないと。確かに〜(T_T)
 バレエのレッスンが済んだだけでもう私も娘もくたくただったし、微熱の残る体の息子は全く元気がなかった。ひどく辛そうでもなかったけれど、笑顔もほとんどでなくてぼんやりしていて、そんな子供達を連れて出るのは全く無謀とは思ったけれど、せっかくきてくれた両親の目的もあり、家具屋へ行く。途中がひどく渋滞してそれがかなり苦痛だったけれど、娘が欲しがっている学習机を義父母はすんなり買ってくれて、下のトイザらスではクリスマスプレゼントも買ってくれたのだった。ものがどうこう、ということより、その気持ちが本当に嬉しいといつも心から思う。しかしザラスまでいきながら、両親の手前を慮って人形コーナーに寄り付きもしなかったことが悔やまれてならない…。所詮私は未熟者よっ。


オットがお土産に買ってきてくれたアンリ・シャルパンティエの
クリスマス限定ケーキ。
美味しかったです〜。
私にとっては本気で懐かしい故郷の味です。
2003年12月19日(金)
 バレエのチケットを配るためにあちこちに電話をしたり手紙を書いたり、朝から必死です。息子が心理カウンセリングを受ける日でもあり、ああ、やっぱり落ち着かないなあと思う。病院はすごい混雑でみんな大変怪しい咳をしており、これでは風邪のウィルスをもらいにきたようなものだと厭になってしまった。息子がカウンセラーと二人で過ごしている間、お向かいのケーキ屋さんで娘とふたりで美味しいケーキと紅茶を頂いたのだけれど、すっきりしない。バレエの発表会のことでくよくよするのは止める事にする。日取りと場所の不自由さを押しても来たいと言ってくれる人がたくさんいることに感謝するべきなんだろう。
図書館で借りた「自閉症児エリーの記録」に読みふけっている。ほぼ50年前、アメリカ国内でカナー博士によりようやく「自閉症」というものが知られだした頃の子供とその母親の記録だ。これがものすごく私にはこたえた。50年前の著者クララ・パークが病院で言われた事が、昨年私が言われた事と同じだとは。私がお世話になっている中国人のお医者さまが「悔しいけど、日本の自閉症の研究はアメリカより50年遅れている」とおっしゃっていたのは本当だったみたいだ。記録、というだけあって、エリーという自閉症の少女の生まれた頃からの様子が克明に、だが感情的にならずに淡々と書かれていて、でもその文章が素晴らしい。ぎょっとして身が引き締まるくらい私の心を言い当てた言葉がたくさんあり、何度も深呼吸してしまった。『人は苦悩には耐えられても、同情や親切にはもろい。軽蔑や無遠慮に対しては身構えることができても、親切にだけはどうしようもない。真の苦悩を感じないうちは、他人が自分のことに無関心であって欲しい、自分の重荷に知らん顔をしていて欲しいと思いがちだ』という文にはまさに心臓を掴まれる思いがしたし、当時の自閉症児の両親をしらべたところ、母親のタイプとして『見た所自信ありげで、人ともうまくつきあっているように見えるが、心の内部では孤立している。社交的な見せかけの裏に、内面生活の空虚さと引きこもろうとする傾向を自覚していて、これと闘おうとして自己を絶えず活動へと追いやっている非常に孤立した性格の人』が多い、という点をあげられているのにはすっかり参ってしまい、衝撃を受けるどころの騒ぎでは無くなってしまった。著者自身、自分はいやになるくらいこのタイプにあてはまると述べている。私はといえばもう…。
 ずっと気にかかっていた息子の園の保育主任の先生にお電話をして、本日の心理カウンセリングの結果を御報告する。以上にあげた性格の点から私は当初、この先生の眩しい程の熱心さ、暖かさに大いに戸惑ってしまっていた。長い間息子のことでは心を痛め続け、深く自分を責めて悩み続けていて、それでも生きている事自分である事を放棄する事はできないから、いっそ精一杯強がって開き直って超然としているしかない、見せ掛けであってもそれを骨を支える筋肉のようにしていなければ、私と言う人間は成り立たなくなっていた。だから余りにも暖かい親切、好意を向けられると逆に動揺してなんだか泣きたい気持ちになってしまう。でも息子のためには最善最適の素晴らしい接し方をして頂いてきたので、取り乱しそうな自分の気持ちを抑え、そうするうちに私の気持ちは随分前向きになった。感謝の気持ちをなんとか伝えようとしたけれど、口にするとあまりにもクサい台詞になりすぎて尻すぼみになる。ごにょごにょしてしまった私に先生は笑って、「こうでなければならない、という考え方」をやめないと、とおっしゃった。
やれやれ、今年はなんてたくさんの人に「あなたは完璧主義」だと言われた事だろう。私は頭を抱えたい。完璧はめざしてません。土台無理だと承知していて、努力する事も嫌いなのだ。我が家を見てもらえば判るはず、ぐちゃぐちゃだよ〜!なのになぜ医者や先生方は私をして「完璧主義」と断じられるのだろうか。すべてどうにも中途半端なのに…。
 夜、息子が珍しく発熱。水曜日に受診した内科医の見立ては「週末くらいに37度4分以上の熱が出るかもしれません」とのことだったのだけどまさにズバリ。その時用の抗生物質を飲ませたけれど、数分後に吐いてしまった。息子なりに、2学期が終わった事を感じているみたいで、ほんとうに頑張ったんだなあと切ない。


こってり!と鮮やかなプリントが気に入って買ってしまった巾着さん。
白雪姫って特にレトロな感じがして好き。
ま、お姫さま系もれなく好きなんですけどねえ。
2003年12月18日(木)
 わ〜い、冬休みだい!お弁当つくらなくていいのね、二人の子供を引っぱって早朝から歩かなくてもいいのねっ。思いきっていつもより30分寝坊してみる。のんびりと座って朝食を取る。きちんとすっきりスケジュール帳と家計簿を整理し、好きなCDを聴く。それだけでなんて心が豊かになるんでしょう。来年はもっと物欲から解放された質素な暮らしを心掛けようと晴れた美しい冬の空を見上げながら心から思う。たとえそれが気の迷いであってもいいじゃないですか〜。誓うだけはタダなのだもの。
子供達を連れて今年最後の七田の教室に行く。3才の時から、途中お休みがあったものの通い続けてきた娘、最近めざましい能力開花ぶり。かなり複雑な迷路を大人の助けなしでやり遂げる事ができるし、反対語や熟語を楽しそうに暗記している。すごいなと思うのは先生がならべた9枚のカードを30秒ほど眺めた後、先生がその見本を伏せてしまってもきちんと綺麗に再現することができるのだ。目に映像を焼きつけられるようになっているのである。これはびっくり。将来色々役立つかも。どういうわけかぐうたらな私が日々子供の教育に追われる羽目になっているけれど、ちゃんと成果をだしてくれるんだから有り難いものだなあ、子供って。
しみじみいい気分でいたら夜にやや騒ぎあり。バレエの発表会のチケットをめぐって娘の幼稚園の中で波紋が広がっていたのだ…。犯人はお喋りナンバーワンのある人である。あまり人を誘わないつもりだったのが裏目に出てしまった。面倒臭いので全員に欲しいだけチケットをばらまく事を決定。そうじゃなくてもバレエのことではピリピリしているのだ。少人数の幼稚園の欠点を、今さらのように知る思いがした。


ディズニーランドでのお買い物シリーズ、続きます。
このバッグは本気で気に入りました。
使いやすいし、デザインが可愛い!
付属のチャームは銀色の小さな手鏡でティンカーベルのレリーフがついています。
2003年12月17日(水)
 寒い…。家族全員風邪をひいてます。でもいいんだ、息子もついに終業式。ほんとのほんとに明日からは冬休みよ!食料とおもちゃを買い込んで冬ごもりだあ〜!
 息子を幼稚園に送って行っては娘の幼稚園をまわる、というコースを今まで辿っていたのだけれど今日から冬休みで娘が一緒にいるので、今日始めて息子を送って行ったあと、他のお母さん方に混じって園児の朝の外遊びを見学した。息子はいなかったのだけど、面白くて他のお母さんと立ち話なんかしていたら、大恩ある保育主任の先生がものすごく高い木の、遥か上に上っていて、ものすごく驚いた。先生、猿飛佐助!?(古いか…?)やめてえ、先生になにかあったらうちの息子はどうなるのぉ!と本気で心配になるくらい高いところに上ってらした。他のお母さま方、かっこいいってうっとりしてたよ…。
息子の園にはひたすら頭をさげる。深く深く感謝する。息子に関して言えば、冬休みが長く感じる。もっと幼稚園に行かせていたい。
そのあと、まっすぐ帰ればよかったのだ。小児科に行ったのがいけなかった。だって子供達がすごく鼻水たらしてたんだもん〜、お薬が欲しかったのよ。病院と薬局が込んでいて13:00になると子供達も私も飢えきっていた。帰宅して作って食べて、でも15:30からバレエでまた駅前に出てくるのがあまりにも億劫だった。だから美味しい中華屋さんに行った。そこが安くて美味しいので、すごい行列で食べ終わると14:00すぎ。図書館に行った。絵本コーナーで楽しく過ごした。それからバレエに行った。この辺で疲労困憊。帰宅する時には娘はつかれた、眠いよと泣き、家にたどりつくと『ママ、わたしね、お外に行くのあまり好きじゃないの。やっぱりお家にいるのが一番だわ〜』と涙ながらに語った。ううう、ママも同感よ!


息子にはプーさんプリントのトレーナー。
特にプーさん好きではないのだけど、デザインがいいなあと思うとプーさんであることが多くて、
これもそうでした。
裏面も綺麗なプリントが続いています。
2003年12月16日(火)
 娘の終業式の日。これからおよそ3週間の冬休みが始まる。それに向かって貴重な時間を整骨院と図書館へ行く事に使った。図書館では思わずまた3册借りた。「プリジット・ジョーンズの日記」の続編、「マーガレット・ミッチェルの19通の手紙」「自閉症児エリーの記録」。最後の本は何気なく手にとってぱらぱらと見るだけで魅了され、しっかり読もうと思った。息子の幼稚園では行事事のビデオを販売している。その代金を支払いに幼稚園に行くと、子供達が元気に遊んでいたけれど息子の姿はなかった。そのまま近くのホームセンターに行く。ここのオープンカフェのカウンターの方達ともすっかり顔なじみになってしまった。息子がせっせとソフトクリームを食べに通っていたし、その命程に大切なソフトクリームを落とした時に、黙っておごっていただいた御恩もある。その時目をあわせず、お礼も言わない息子の姿が辛くて思わず深々と謝り自閉症であることを告白してしまったのだが、以来、ここの方達には格別の優しさを頂いているのだ、実は。暖かい笑顔と言葉に、何度救われた事だろう。
一人で行くのは初めてだった。寒かったので誰もいない。ホットチョコレートを頼み、飲みながら「自閉症児エリーの記録」を読み始める。面白い。ぐんぐん引き込まれる。空気はキンと冴えて冷たく、体は凍えているけれど、口にしたホットチョコレートの熱さが驚く程の効果をもたらしはじめる。読書にのめりこんでいる時の常で心の中にも熱気がふくらんでいるから、体が寒さを感じない。ふと、視線を感じて我に帰った。お店の人たちが気遣わしげに私を見ている。気がつくと涙を流していたみたいだ。極まり悪いのと、ちょうど時間だったのと、ホットチョコを飲み終えていたのとで、立ち上がるとお店の人たちに「いってらっしゃい、がんばってね」と言われた。
園に行くと、息子は園長先生を相手に楽しそうに遊んでいた。実の祖父と孫のようだと思うくらい、二人の間に信頼関係と愛情があるのが判る。胸に暖かさとせつなさが広がった。
昨年の今頃はなんて不安で孤独だったことだろう。息子の障害を見据え悩みながら震えていた。この園にはいって、先生方が「一緒にがんばりましょう」と受け止めてくださっても急には頼りきる気持ちになれなかった。猜疑心に満ちていた自分の心を恥ずかしく思う。先生方の誠意はもちろん息子に大きな素晴らしい影響を与えてくれたばかりでなく、結局は私をものすごく助けて下さり、それは我が家の家庭そのものの平和につながったようなものだった。感謝してもしきれない気持ち。
娘の終業式に途中から参加する。2学期の終わりだというのに担任の先生に挨拶しないままかえって来てしまった。激しく後悔。後でお手紙を書こう。
自宅前の団地の庭にタンポポの綿毛が揺れている。子供達が飛び込んで積みはじめると、年輩の男性がじっとこちらを見ている。ああ、これは怒られるかなあと思いつつそしらぬふりをしていたら男性が近付いて来て、声をかけられた。その人は、赤紫の綺麗な綺麗な小菊の束を手渡してくれたのだ。
「咲き過ぎて摘みすぎたから、もらってくださいませんかね?」
とても感激しました。今、窓辺の花瓶に挿されて神の芸術作品のような美しい菊が揺れています。


ディズニーランドでのお買い物シリーズ、行きます。
娘のために買ったトレーナー。色合いとプリントがとても綺麗で、家族一致で購入決定。
2003年12月15日(月)
 週末の疲れで、朝、起きたら家族全員うっすらと目の下にクマができとりました。私は頭痛でまたすっかりぐったりしており、そそくさと整骨院へ。先生は肩と腰、背中の張りに驚いていて、ちょっとやそっとのマッサージじゃ苦痛から解放されず、仕方なく医者からもらった筋弛緩剤も飲んじゃった。と、とにかく休まねば…と思うものの、家に帰りたくない。というのも土日でかけてばかりで何もしていなかったら家の中が荒れ果ててすごいことになっていたからなのね。こういう時は「こびとのくつやさん」を夢に見ます。親切な小人達が出て来て家の中をすっきり片付けてくれないかな〜という…。そうしたらお礼にお洋服でも何でも縫いますとも。
気分を盛り上げるためには美味しいものを食べようと思い立ち、友達を誘い子供達をつれて中華やさんでランチ。蟹玉炒飯に舌鼓。この御飯と友達との会話が美味しかったせいか、薬が効いてきたからか、やっと空を仰いで歩く事を楽しめるようになった。なにより子供達が元気でニコニコしていて、それだけで気持ちが救われるのね。
 帰宅後、子供達におやつをあたえてからゆっくりと腰を落ち着ける。冷えた足先を床暖房で温めながら、図書館で借りてきた本を読む。京極夏彦の「わらう伊右衛門」とても良かった。なぜなんだろう、この人の話は陰惨だ。悪、罪、冷酷、執着、憎悪、どれも悲しい程くっきりと鮮やかなのに、どこかしら淡々としていてスッキリと腑に落ち、後味を引かない。特にこの四谷怪談を下敷きにした小説は…美しかったです。岩とその夫である伊右衛門の愛情が。
気分転換に木村治美さんの、昔日本中にロンドンブームを巻き起こし、大宅壮一賞をとった「黄昏のロンドンから」を読む。私が子供の頃母がとても読みたがっていたのだ。当時は単行本を買うというのは母には許しがたい贅沢であり(今でも彼女にとってはそうかも)図書館は遠かったので幼い二人の子供を連れた彼女には手が届かなかったのね。内容は…うん、もう今さらどうということもない。でも30年前には珍しかったことが面白い。マナーも随分日本人の中に普及されたんだなあと感心したりもする。
さらに北村薫の「六の宮の姫君」これは変わってました、面白かったです。読み始めてからシリーズ物の第4作目なんだと気付き、しまったと思ったけれどさしつかえなかった。近代文学のダイジェストのような感じで楽しめたし、菊池寛と芥川龍之介のことが分ってそれがとても面白くて。私は読書家と言われると照れくさい。だって簡単なものしか読まないのだから。日本の近代文学はもっとも苦手。暗い、いじましい、貧乏、汚い、となんか読んでて脳裏に広がる光景が好みにあわなすぎるのだ。にしても読まないまま来ちゃったなあと後悔している。あのですね、暗くて深い純文学は若い内にひたすら読み込んでおく方がいい。映画もそうなのだけど、年をとってある程度人生を知ってしまうとなんかもうたくさんと言う気分になって、好奇心すら感じ続けられなくなるのね、人生の真理とか運命の冷酷とかを扱ったものに。現実として身にしみて知ってしまったら、むしろ作り物には夢迷い事を求めてしまう。いいじゃないの、創作の世界でくらい夢をみても、という感じかな。
読書は手軽な現実逃避。お人形遊びとはまた違う楽しさを私に味合わせてくれるかけがえのないものでず。


みんなが大好き?ディズニーランド。
2003年12月14日(日)
 オットにディズニーランドにつきあってくれ、と言われたのは先週のことである。1月半ばじゃ寒いなあと思ったけれど、仕事でほかの御家族との兼ね合いもあると言われてオーケーしたら、ご免、1月だと思ってたのは勘違いで今月だったよと言われてシェ〜〜〜〜!となった。この過密なスケジュールの中で、奇跡的にぽこんと空白の日曜日を心から愛しく思い、心待ちにしていたのだ。即座に私は行きたくないと答え、子供達でさえいやだと言った。子供達、ディズニーランドより動物園の方が好きなクチである。しかもやはり最近の忙しさに疲れていたらしく、娘などは「も〜、やめましょうよぉ。お家にいてのんびりしたいわ〜」と言うのだった。弱冠6才の子らしからぬ発言ですね…。というわけで、嫌がる妻子をひきつれてディズニーランドに乗り込んだオット、結局はさんざんな目にあうことになった。私が激怒したからです。
 大変うっかりしていたのだけれど、私達は日曜日にディズニーランドに行った事がない。だからその曜日の人の多さを知らなかった、甘く見ていた、8:30に入場するなりぎょっとした。しかも時期はクリスマス。もうすごいテンションの群集がうごめいてます。お茶もすんなり買えない程の、すべてが行列行列行列。オットは昨夜からしつこく私に言い付けていた事があって、とにかく朝御飯抜きで、身支度だけしてすぐに出かけよう、お前はいつも子供達に何かひとくち食べさせてからなんて言って、結局出発時間を遅らせるけれど、あれをやめてくれな。彼にしたらすぐさまどこででもゆっくり朝食と洒落込めるつもりだったのだ。ところがどのレストランもキャラクター・ブレックファーストというのをやっていて、8:00に入り損ねたらもう10:00までどこにも入れないんですね。飲まず食わずの私と子供達を連れて、8:30にその事を知った彼の選択は、10:00になるまで、アトラクションに並んでいようと言う事だった。これが私の逆鱗にヒット。
大人だけならともかくも幼い子たちを朝早くから、それこそ牛乳の一滴も飲まさずに連れ出し、さらに我慢をしいるとは。この時のオットの目はもう明らかに普段とちがうギラ付き方をしてた。周りの人のテンションに飲まれ、せっかく来たのだから少しでも何かを楽しまなくちゃ、という感じ。子供に大人並みの忍耐を強いようとするその姿勢に我慢できなかった。結局、大変な長蛇の列に並んでホットドックを手に入れて、また必死の思いで座るところを確保したのだけれど、この時点ですっかり私は嫌気がさしていた。。オットは私も疑問をだかずに計画にのって来たのだから、事の成りゆきはすべて夫婦の共同責任だ、俺ばかりを責めてもなんにもならないと開き直ったので、ひとりでもう出て行こうと思った。前から一人で代官山でもぶらつきたかったのよね。私の本気を読み取ったオットがそこでやっと謝りだしたので、オットの会社の人たちに会う手前もあり、ぐぐっと堪えた。
でも会ってみて笑った。どの奥さんもすごく怒ってました(笑)
オットの主張でどうしてもアトラクションに並ばざるを得なくなり、シンデレラ城ミステリーツアーとジャングルクルーズに並んだけれど、とにかく人込みがすさまじい。子供達はそれに怯えて何かを楽しめる状態じゃない。私はストレス解消を買い物に見い出し、可愛いものだけたくさん買って、あとはもうさっさと帰りたいと訴えたので、結局夕方早々に退散。オットの同僚の家族連れの人はもっと早くにかえっていたから、奥さん方の怒りの深さは相当だったみたい。
せっかく無料でディズニーランドに行けても、こう辛い思いをするのでは何の意味もない。いたずらに旦那さん達の株をさげるだけ。オットが私に感想を聞くので「ツボがはずれっぱなしのマッサージみたい」と答えたら、ガックリと肩をおとしてました。


神聖な気持ちになる教会のお御堂。
2003年12月13日(土)
 娘の幼稚園のクリスマス会は素晴らしいお天気に恵まれた。正装をした子供達、お母さん達でお花が咲いたように幼稚園の中は明るく楽しく、子供達の歌声や演劇が可愛くて、見ていて胸が痛くなった。
でも終わるとグッタリ疲れたのはどの親御さんも一緒。子供達はケロっとしているのだけど、見ている親の方がよほど疲れるということでしょう。このあとバレエのレッスンも控えていたのが本当に面倒で、つくづく休みたいと思ったけれど仕方なかった。娘の方は本当に元気。私も予定が二つ三つ重なる事が日常的なことになっているので疲労感に慣れているのかもsれない。ほかのお母さまはバレエ教室で会うと形相が変わって見えるくらい疲れたことを訴えておられたし、もうひとりの方は発表会前のこのピリピリした時に、どうしても行く気力がでないと言ってレッスンをお休みしていた。
こんな毎日の中で、気がつけば私、悩んでいたブライスの「スペリオルスケートデート」ちゃんを予約し損ねてます。あらら〜…。ううう、仕方ない。とにかく娘のバレエの発表会が終わってからしみじみ悲しむなりなんなりしよう。。。


ちゃっちい安物だけれど、雰囲気のある壁飾り。
2003年12月12日(金)
 なんとか体力回復。ほんというと2、3日寝込んでいたい感じだけれど、どうも毎日最高に忙しい。自分のことじゃなくてほぼ子供中心のスケジュールだから穴を開けられない。仕方ない「根性」というあまり好きじゃない言葉を使うよ。
 どうも疲れてる、なんか落ち着かないとぼやきながらカレンダーを眺めて合点がいった。今月のカレンダーも空白の日が2日しかないほどに埋まっていたのだ。この秋はちょっと厭になるくらい忙しかった。つくづく思ったのは私は人付き合いが苦手だということ。そしてそんな自分をとても居心地の悪い存在だと自覚していることだ。私は人とは違います!というオーラをだしている人をダサいと思う。その人は限り無く平凡な存在だ。違う人はおのずと違う、自分の道を見失わず自己を確立していて、周囲にそれを押し付けない。そういう人のために自然に道は開けるようになっている、と華やかな世界で仕事をしてきた経験上そう思う。無理矢理「私は非凡!」光線をだしている人はちょっと寸足らずな人が多い。そのかっこわるいグループに自分が仕分けられる事があるのがとても情けない。もっと自分の中から余分なものを削ぎ落としたい。
 なんていう風に大袈裟に考えつめるのだが、なんてことはない、今日は幼稚園ママグループの輪に入れて頂いて、お宅訪問してきて疲れただけなのだ。
招き主の女性は朗らかで明るく情報通で、弾丸のように口からあらゆる人の情報が零れ出る。口が軽いのは間違いないし、私の中から私の主義主張を汲み上げようとしてくるところが恐い。うっかり感想を漏らそうものなら、たちまちそれが幼稚園中を駆け巡ることになっちゃう。早い話、娘の幼稚園のお母さま方は2派に分かれて3年間対立しており、私も否応なくどっちよりか決めなくちゃいけないということらしいのだ…(涙)ひっきりなしに過去の対立の歴史をまくしたてるお母さま自体が片方の派閥の柱になっているのだけれど、「私はどっちつかずよ!」と豪語なさるのを聞いて、なるほど〜、この方もグループに所属してるのはカッコ悪くて、無所属でいる人がスマートだという判断基準は持っているんだなあ、そういう風に見られたいと憧れてらっしゃるんだワと感心した。人は誰も、理想通りには生きられないのね。
ぶっちゃけ、私はどっちでもいい。心の底から、興味ない。興味を持つとしたら子供の世界がこじれた時だけど、これがまた有り難い事に、本当に可愛いよくできた人間関係を築いていて、子供達は屈託なく笑顔が明るい。だからこそ私は下手に母親同士が深く親しもうとしない方がいいと考える。うまくいくのならいいけど、もう十分ギクシャクしてんじゃん。
辛いのは私の下手さ加減だ。私が興味ない…っていうか面倒臭いと思っている事が周囲の人にはあるカラーとして見えていて、それで私は「みんなと一緒」という保護色を無くしてしまっている。これがまずくてイヤなので、幼稚園にはさっと行き、さっと帰る。他のお母さん方は、子供を迎えた後も執念深い程に立ち話をし、話を膨らませ、お互いの家に招きあっているのだけど、そこに居心地の悪い思いをしながら立ち尽くしている、ということが生理的に我慢できない私なのだ。
でも電話までかけて来てお誘い頂くと断れません。今日の方は2ヶ月で3回誘って下さったのだ。それをいつも体調不良を理由に断っていた。それは全部本当で嘘じゃなかった。今日もたまたま体調不良…でも根性で行きました。
結果として子供達は楽しんでいたからよし。お母さん方とは3ヶ月後に幼稚園を卒園しても、6年間の小学校のおつき合いが控えている。笑顔と倦怠感で場をのりきりましたさ。私は「闘う人」にはなりたくないです。
 天気予報がはずれたのも口惜しかった。なにが「晴れ?」なにが「昨日より10度程気温があがる」なの?
 のどが乾いて、子供達も好きな爽健美茶の小さなペットボトルを買ったら「ハイジ」のフィギュアがついていた。ハマる気はないものの、へ〜、なんだろう?と楽しみに開けたら、ロッテンマイヤーさんが出てきた…。。。


大のクリスマスツリー好き。
2003年12月11日(木)
 ひさしぶりにやってきました、低血圧の大体調不良。オットが会社を休んで家の中のことをしてくれている間、薬を飲んでひたすら眠る。頭の中で、色んな人の表情や声がくるくる回っていたけれど、ひたすら眠っている内にやっと夢もみなくなりました。落ち込んで泣いて、人に優しくされて。
優しさってなんて胸に痛いんでしょう。心配してくれる人たちのまなざしは、なんて胸をせつなくさせるものでしょう。
いたわりに満ちた表情…相手にそんな顔をさせてしまう自分に、すっかり嫌気がさしてます…。


素敵な本です。
2003年12月10日(水)
 午前中、娘の幼稚園でクリスマス会の歌の練習&お菓子の袋詰め。たぶんこの場の社交でも何気なく疲れていたのだと思うけれど、午後の娘のバレエ教室では本当に疲れた。
発表会まであと少し、レッスン日は3回しかない。今日はスタッフ下見日ということで皆本格的に衣装をつけ髪飾りをつけ、ものすごい人と熱気で狭い教室はとんでもない騒ぎになった。バレエが優雅なものだとは到底思えない…。小さな女の子達は皆泣いていた。そう、うちの娘も泣いてしまった。母親が付き添っていなくてもいいと判断される年頃ではあるものの、やはりまだ小さい女の子、普段とまるっきり違う状況にポンと放り込まれるとパニックになるのは仕方ない。不憫だった。そして、下に小さな子を抱えている不便さときたらお話にならない。かかるお金と手間を思うと、バレエというのはほぼ一人娘さん用の習い事だと思う。見渡すとほぼ皆さん一人っ子。わずかに一組、姉妹で習っている方がいらっしゃるがその方はお母さまもマダムクラスにはいっているくらいののめり込み、プラス御両親と同居でかなりフレキシブルに対応できる方だ。教室の体制にも問題はある。というか先生の認識がややちょっと一般人から離れていらっしゃって、昨年は11月3日という日に発表会をなさった。ところがこの日は各幼稚園・小学校の入園面接、入学試験、文化祭もあるという感じで、土壇場でパニックになった方が大勢いた。先生は大雑把に11月に発表会します〜と言うとかなり直前まで日数を教えてくださらなかったのだ。困惑した母親達が訴えると悪びれず「ああそっか〜、そういうものがあるのよねえ」とおっしゃっていた。一般人の生活への関心の薄さが伺われた(泣)さすがお嬢様。
今年も発表会時期、練習開始時期、諸連絡事項の伝達の遅さなどなど母親達からの「もう、本当に頼みますよぉ〜」という声は高い。先生、自分が決めたら後は皆が全力をあげてささっとついてくるもの、それが自然な反応と信じて疑っていらっしゃらない。天然お嬢様はすごい。
 弱り目にたたりめ、帰りのバスでも悲惨な目に会った。駅前始発のバスが25分も来なかったのである。我が家に帰るには3コース選択可能なのだが、渋谷行きはいつも込むからと敬遠し、二子玉川行きの停留所だと我が家から3分は歩かないといけないからと敬遠し、残りのコースを選んだ、これは私の判断ミスだった。もうバスがきていたのですぐに乗れるものと思ったら、若いにやけた感じの運転手はすーっと通り過ぎて行ったのだ。停留所で並んでいた人たちはあれっと声をあげたが、時間調整のためにそうすることが稀にある。5.6分待たされるなあと思っていたら、さっぱり来ない。その間、他の2コースのバスを6本見送った。冬の夕方の待ちぼうけはかなり人の心をすさませるもので、皆が殺気だってきたので私は子供達の手をひいて列を抜け、後戻りして渋谷行きのバスに乗った。その時に先ほどの運転手が機嫌よさそうに戻ってきた。後で分ったのだけれどその運転手はのんびり遠回りして時間を潰そうとして渋滞にハマったらしい。渋谷行きのバスは以外にゆったりしていて息子が思わず眠ってしまうくらい落ち着けたので良かった。
 バレエ、やめたいなあと帰宅後ぐったりしながら呟くと、娘がニヤリと笑って「いいわよぉ、やめても♪」と言った。


よく晴れた綺麗な冬の空を楽しんだ一日の最後は、
暮れて行く色も美しくて。
2003年12月9日(火)
 皮膚科のご霊験あらたかというか、洗顔とローション、飲み薬が効いてめきめき肌の調子が良くなってきた。こうなると高いと思っていた診察代も全然OKよ、という気分になる。それとも先生の言葉で心が癒された事がよかったのかな?私ってそんなに単純かしらん。そういえば皮膚科の診察室には綺麗な女子高生が数人座っていた。そろいも揃って綺麗な少女達だった。すらっとしてミニスカートのためにあるような綺麗な足、小さな顔、整った目鼻立ち。それぞれ他人らしく制服もみんな違っていたけれど、なんか共通した雰囲気があった。綺麗な子ってちゃんとそうであるように努力してるのねえ。
 子供のお迎えが11:30…とまだ言っているけれど、みんな考える事は同じで図書館に行ったら同じ幼稚園ママ達に会った。小学校での読み聞かせの会に読む本を探しているのと、子供に読ませる本も検討中とのこと。一緒に児童文学の棚を歩き回った。大好きなE・ファージョンの「ムギと王様」「銀のシギ」「ガラスの靴」、ナルニア国物語、「トムは真夜中の庭で」「ミス・ヒッコリーと森の仲間たち」「床下の小人たち」「ながくつしたのピッピ」…説明していると自分がどれだけこれらの本が好きだったかを思い出す。好き、というただそれだけなのだけど、どうも人と言うのは「本をたくさん読む人=賢い人」という幻想を持つから困る。賢い人は本を読まなくても賢いっすよ。
 幻想と言えば、とその後お茶をしていてまた笑った。結婚する前の、相手への気持ちこそ美しい幻想、自分が信じたいだけの錯覚だったと。Rちゃんのパパは優しくておっとりとして上品で大変奥ゆかしい男性なのだが、Rちゃんママ曰く、「結婚前はこの人何を考えているのかしら?きっと深い思惑があるのね、ミステリアス…なんて思い込んでたんだけど、結婚したらほんっと何も考えてないのが分った」というので皆でとてもウケた。神経質で亭主関白なダンナさまだと言う人もいるし、ひたすら妻子に無関心というダンナ様の話もとびだす。それにくらべるとあなたのご主人はマメで優しくていいわねえ、というオチをつけられて複雑な気持ちになった。マメなのは認める。でも優しさに関してはよく判らない。ごく当たり前のことを人は優しいというのだろうか?とすれば世の中の平均的な男性が間違っているように思うけれど…。
子供が出来たらもう恋もときめきもいらない、有能アシスタントな夫、もしくはせめて邪魔にならない夫がいればいい、と皆の意見が一致した。


ハトコ同士♪
2003年12月8日(月)
 子供達を送りだしていつも通りに整骨院に行ったら悲しくなった。今日もたまたま院長先生に担当してもらってそれは嬉しいことのはずなんだけれど、とても怒られたのだ。私の腰も背中もひどくなっている、どうして毎日ちゃんとストレッチ体操しないのか、と。朝は忙しくてしそびれると答えたらそれがいけなかったらしい。忙しいなんて言い訳だ、時間は自分で作るものだ、あなたはストレスを抱え過ぎている、もっと明るく気分を切り替えるためにもストレッチして体を良くするように勤めるべきだ、と。はいはいすみませんと素直にあっさり謝りながら、ああ結婚していない、子供がいない男性には判らない事がたくさんあるものだなあ、と思った。リラックスしにいったのになんだかつまらない気持ちになった。私は「気持ちを明るく持って」と言われることにとてもうんざりしている。でも相手が思いやりで言ってくれているのは分っているので噛み付く訳にもいかないし、結果として自分の中にまた不満を溜め込む事になっちゃうのだ。
 イライラは些細な事でも募るもので、ここのところ肌の調子も悪くて顔に次々吹き出物ができる。腫れて痛いし赤い跡が残るので鏡をみるとガックシ来るのである。馬鹿みたいな気がして発作的に皮膚科に行った。娘が今日から午前保育のみになり、11:30にお迎えなのも動機になった。駅から15分という自宅への距離は、子供が午後保育の時には一旦帰ろうという気になるけれど、午前保育だとわざわざ帰りたくない気分にさせるものなのだ。銀行と郵便局に寄って皮膚科受診。以前シミの事を相談してから半年ぶり以上、先生が変わっていらした。前は若くて綺麗な女医さんでデスク周りに可愛い赤ちゃんの写真がいっぱい貼ってあった。今日も女医さんでもしかしたら前の先生のお母さまなのかも知れない。初対面なのに会うなり、疲れてらっしゃるわね。育児に?と微笑まれた。まだこちらは何も話していないので、顔に書いてあるということなのだろうと私も苦笑いし、ええ、下の子が自閉症で、と答えるとさっと先生が真剣な顔になり「そう、それは本当に心配ね、辛いわね。将来のことを考えても本当に悩むでしょう…明るくなんてなれないわよね、無理しなくていいわ」と言われたのでびっくりしてしまった。まるで先ほどの整骨院でのやりとりを聞いていて、とりなしてくれるような言い方だ。医者として、女性として、母親としての経験を積んだ人はすごい。ストレスが消えろと言って消えてくれたら問題はない、消せないから辛いのであって、無理をしなくてもいい、吹き出物に関してはもうね、触らないようにしていれば自然に治るけれど、と言って飲むビタミン剤とせっけん、ローションを処方してくれた。石鹸は実費としても高くて全部で¥4500。久しぶりにどんな人形が買えたか考えちゃったよ。でも吹き出物ひとつで気持ちがブルーになるのは確かなので、よしとしよう。それよりお医者さまの言葉に思わず涙がでてしまう私の精神状態の方が問題だ。
 本屋に行くと、「バービーモード」が平積みされていたので嬉しくなって買った。とても素敵なドレスやスーツがいっぱい。まさに欲しいなあと思っていたような本。眺めているだけで癒される。
 子供達を幼稚園から拾い集めて帰宅したら妙に疲れてしまって、床暖房の上でうとうとした。そんな暇があったらストレッチしろ、と整骨院の院長先生は怒るだろうなと思いながら。
 嬉しく思っている事もある。ダイエットがそれなりに順調で、ほぼ1ヶ月で2キロ減。でも栄養はしっかりとってるから大丈夫。食べ方をちょっと変えただけで、体調も全然違う。肩凝りはひどいけど、なんとなく内臓スッキリみたいな?でも胃は時々痛い。それは神経性胃炎とのこと。全くどこへいってもストレスを指摘されてばかりの私。それがとても面白くない。つまりは私はとても弱い人間だということでしょう。それは事実そうなんだけれど〜。
 そして息子の成長。先週木曜日まではぐちゃぐちゃと線を描きなぐるだけだったのに、金曜日の夜から突然、ちゃんとした絵を描くようになって大びっくり。ネコ、サル、サカナ…。感動してしまった。幼稚園の保育主任の先生に見せたかったけれど、会えなかったので残念。息子が大好きな美人のS先生とはお話する機会があったので絵を見せたらやはり驚かれていた。これで保育主任の先生にも伝わるでしょう。
 10日間くらい我慢していた赤ワインを久しぶりに買って飲むと美味しさに感激。やっぱり一番好き(ちなみに10日間禁酒していたわけではなく、単にバーボンを飲んでいただけ)私が赤ワインに凝り始めたのと時を同じくして、ある女優さんがやはり赤ワインが大好きでよく飲んでいると日曜日のお昼のトーク番組でお話しているのをたまたまリアルタイムで見た。その方はあまりにも赤いワインが美味しくて大好きでずっと飲んでるから、しまいには私のこの腕を今切ったら赤いワインが流れてるんじゃないかなと思う程だと語り、私は判る〜と思った。その後、その女優さんはこの言葉を逆手にとられ、さんざん揶揄されることになり、気の毒に思っている。彼女のその感想は気取りでも何でもない、たんなる酒好き、赤ワイン愛好家の素直な言葉だったと思うのだけれど。
 なんか今日はもういいことにしてだらだらパソコンに向かっているのでたくさん打っちゃうけれど、お人形もあれこれ考えてます。12月20日発売の着ぐるみプチブライスは3種類とも欲しいと思っていて頑張ろうかな、と。バービーで気になるのはロード・オブ・ザ・リングのセット。今年期待していたロマンスケンはパスしたんだけど、これはいいなあと…。あとプーリップ。ノワールが気になるんだけど、ノマドがものすごく可愛く見える!ヴィーナスも可愛いし…。立て続けに新作だされても早々買えないのでメーカーを逆恨み。あのね、少しはお金がたまるのを待っててください。おかげさまで、最初にウィンドを買って以来悩むだけ悩んで何も買ってないっすよ。

 

フラワーフェスティパルという演目での衣装です。
たくさんのお花の衣装の中で、薄紫がいいなあと遠くから眺めていたら、
運良く娘の衣装がそれでした。
2003年12月7日(日)
 休みの前夜の楽しみは夜更かしで、子供を寝かし付けてちょっぴり多めにお酒を飲み、オットを寝かし付けてゆっくり読書に耽る。昨夜は2時半まで読書。あんまりゾッとしない図書館からの借り物で、京極夏彦の「魍魎の匣」。中禅寺秋彦と関口巽などなど前作で親しんだ人たちに会ってみたくて読んだ。猟奇性が強くて、今回の方がちょっと恐かった。でも読後に嫌〜な気持ちがずっと続く事はなくて意外。キリ上がり方がさっぱりしてるといの?ひきずらないのだ。そういうと魅力がないようだけど、私にはそこが一番魅力のように思える。話の内容はすごく奇抜ということはないし、登場人物の性格分けもある意味単純、京極堂のうんちくが見せ場の一つと思うけれどそれも最近はみんなものすごく資料を調べて陰陽道のこととか中国の故事、日本の伝聞などなどコバルト作品などでもたくさん書かれているので、それがそんなに目新しいということもない。でも魅力的。あ、男性が書く小説にしては男性達がカッコよすぎないからかも。ただ男性が書くもののご多聞にもれず、女性はいささか都合がいい。とりあえずみんな美人で芯が強くてしっかりしており、謎めいていて清楚で、うるさく喋らない。男性を精神的に威圧するようなのは出てこないのだ。でもそれに私は反感を感じなかったわ。
 無気味な本を深夜に読了したにも関わらず、夢見はさわやかな日曜日の朝を迎えた。お天気がいい日曜日はいいな。はりきってお洗濯。実は最近、マンガにも凝っていて今、くらもちふさこ先生の作品でずっと読み損ねていた「天然コケッコー」を文庫でじわじわ読んでいる。今さら絵柄について私ごときが賞賛するまでもないのだけれど、物語が。じわじわ気に入って、登場人物へ愛が湧いて来て。頭の中でそのマンガのエピソードのことを考えてしまう。それで私はちょっと失敗してしまった。オットにもその感動を分かち合おうとしてしまったのだ。
オットは私と出会うまでそう熱心に映画を観る人でお本を読む人でもなかった。今はどれもそこそこ、私の興味に合わせて女性作家が描くマンガも読んだりするけれど、この忙しい日曜日の朝はそうではなかったのだ。娘が起きてくるなりやいやい朝食を催促し、しかも注文が細かい。私が洗濯などで忙しくしていたのでオットとしてはここで黙って座っているとまた文句を言われると思ったのだろう、彼が娘の要求に応じてパンを焼いたり牛乳を娘のバンビのカップに注いだりしていた。
私は体が機械的に動くけれどオットは家事には本当に慣れていなくて、それをしている時はもう頭にも心にも余分なスペースはないのだ。なのに私は話しかけてしまった。「くらもちふさこさんってもう言う間でもない御大の作家さんでね」「おい、まな板知らないか?」「でも私、ずっと読みそびれていた作品があって今それを読んでるんだけど」「パンの縁切るのって難しいな、うまく切れねえよ」「なんかやっぱりいい、っていうか判る!みたいな話が…」「ああもう、あの小さいまな板はどこだ?あれじゃないとうまく切れねえ!」…ここで私はヘソを曲げてしまったのである。あなたは私の話を聞くのが本当にイヤなのねえ。私もスポーツに興味ないから延々と野球だのプロレスだのK-1の話だの聞くのはいつもとっても無理してあなたを喜ばせてあげたくて頑張ってるから、今のあなたの気持ち、よ〜く判るわっ。そこで初めてオットからまともな返事が返ってきたけれど、もう私は話なんか聞いてくれなくていいよ、という心境になってしまった。結婚して14年以上経っていてもいつもきっりち気持ちが噛み合うわけにはいかないのね。たとえ良く晴れた日曜日の朝であっても。
その後私はむっつり黙り込み、オットもほぼ子供部屋に避難して過ごす。昼食作りの時にはいつもじっと座ってテレビを観ながら待っているだけの人なのだけど、頑張ってよく手伝ってくれた。午後からオットの従姉妹が産んだ赤ちゃんに会うために、叔母の家を訪問するので、気まずい状態のままではいたくなかったのでしょう。私も気をとりなおして社交がんばりました。生後4ヶ月の女の赤ちゃんの可愛いこと。うちの子供達にとっては初めてのハトコな訳で、赤ちゃん大好きの娘はニコニコ。4ヶ月の赤ちゃん、本当にかわいい。女の子は柔らかくていいにおいがして、なんだか幸せな夢の塊。赤ちゃんのママの従姉妹にはママコートとパンパースのおむつをプレゼントしてきた。同じ都内に住んでいてもそんなに会わないから次回あったら赤ちゃんは随分変わってるだろうな。この貴重な赤ちゃん時代、少しでもたくさん会いたいなあと思う。


タンバリンダンスという演目の衣装。今回新調してもらいました。
小さなバラのつぼみがスカートだけでなくストラップにもたくさんついていてとても可憐です。
バラのつぼみにはラインストーンもちりばめられていて、女の子たちが踊ると
光を受けてキラキラ光ります。
2003年12月6日(土)
 世良公則さんとすれ違ったらしい。娘のバレエ教室の前で、他のお母さん方とお話していたら、窮屈そうに体を縮めて私の背中をかすっていった長身の人。オットに言われて振り返ったら後ろ姿だったけれど、オットとRちゃんのママは正面からまともに見たそうで、声をそろえて「無茶苦茶カッコよかった〜!!」オットは世良さん現役ツイスト時代、シングルレコードを全部集めていたといい、Rちゃんママはひたすら「大ファンだったの、大好きだったのよぅ〜」と震えている。御尊顔を見のがした私とLちゃんママはガックシだった。
 それはともかく、バレエ教室は賑やかだった。今日はついに発表会の衣装渡しの日だったのだ。レッスン室に入るなり、ああっと声がもれる華やかさ。あの華麗で可憐な色とりどりのチュチュ、ふんわりした衣装がたくさんある光景をどう例えればいいかしら。舞台の華やかさが凝縮され本当に夢の花園みたい。みんな自分の娘の衣装は何だろうとドキドキし、先生から手渡された時には感激した。娘の衣装は二つとも可愛いチュチュタイプ。女の子達は大はしゃぎ。母親もテンションがあがるあがる。日頃、普通のレッスンのレオタードも皆それぞれ凝っていて衣装のような可愛いものを着ているから、舞台衣装にさほどの感激はないかな〜なんて思っていたけれど、全然そんなことなかった!舞台衣装のちょっとけばけばしいような色合いも、実際に子供達に着せてみるとすごくいい。舞台の上でスポットライトを浴びたら、どんなに映える事だろうと思う。今日はレッスンなしで、衣装あわせと発表会当日の説明だけで終わった。
午前中は娘の学習机の下見に出かけていた。結局やっぱりついに、シンデレラの机を買う事に決めた…。昨年発売されてから何人ものお友達、そのお母さん達の口にのぼっていたシリーズである。「確かに可愛いけど、あんありも可愛いすぎよねえ…」「そうよぉ、すぐに飽きるわよ、あれは…」「小さいうちはいいけどねえ」「可愛いけどねえ」などなど。私も深くうなずいていたものの、どう考えても娘のツボ、いえ我が家のツボにはいっていて、私もオットも気に入ってしまっていたのだ。ダメ押しで見に行ったらやっぱり一番良かった…。我が家は白が好きで娘はピンクが大好きで、白とピンクの部屋に、濃い木目は合わないのだ。でも日本の家具屋さんはとにかく木目好きで、子供の学習机さえ木目でドドーン!と作り高級感を歌い上げる。嗜好は周期的に変わるからいつか私達も木目木目、やっぱり家具は木目に限るわよねえ、という日が来ないとも限らない。でも今はちょっと違うのだ。
 夕方遅く、オットと交代で整骨院に行く。私が日がくれてから出歩くのは珍しく、先生方が帰り道を心配してくれる。オバサンになると正直言ってそう恐いものはないのだけど、お気持ちは有り難く頂く(ぷぷっ)今日、担当してくれた先生は若くて中々男前、さっぱりとした気性で明るい。世良公則さんとすれ違った事を話したら、「それって誰でしたッけ…」と知らない様子。そうか!若いと判らないのネ。ツイストなんて聞いた事ない訳よ?と言うと気をつかって、うっすら記憶にあるとかいう。それが嘘である事がすぐに判明。じゃ、あなたは丙午(ヒノエウマ)なんて知らないんでしょうねえ、というとそれってどんな馬年ですか?僕も馬年なんですけど、と言う。それでいうとこの先生はツイストで世良さんが頑張っていらっしゃった頃、やっとお母さまのお腹に宿ったくらいなのよね〜。記憶にあるわけないじゃん。丙午のこともよくしらなかったので説明してあげたら先生はしきりに「僕は何馬なんだろう?何馬年に生まれたんだろう?」と気にしていた。ある種の占いにでもこらない限り、そう問題ないと思うよ…。


8年くらい前でしょうか。
岡山県の東粟倉村にあるオルゴール美術館で買ったものです。
ベルの形のオルゴール。とても素敵な音色で「きよしこの夜」が流れてくると、
とてもいい気持ちになれるのです。
柔らかなビロードの手触りと風合いも素敵です。
2003年12月5日(金)
 寒い〜。小雨がパラつく鉛色の空に覆われた週末。でもたま〜にしている仕事のお金がちょこっとまとめて入ったので気分は明るく、息子がカウンセリングを受けている先生のところへ。今日は息子抜きで、先生とお話する。平成17.8年くらいからいわゆる養護学校がなくなって普通の公立に統合され、専門の先生もそこにはいることになる、とのこと。それがいいことなのかどうか私は微妙な気持ち。息子の進路がどうなるかはこえからの息子の成長次第なのだ。先のことを視野にいれつつ、今現在の一瞬一瞬を大切に接して行こうと思いながら息子を幼稚園に迎えにいったら、担任の先生からお話があった。
最近、息子が落ちつきのない様子だと言う。心配…。保育主任の先生は、普通の子にもアップダウンはあるのだから自然に受け止めて、気にしない方がいいですよと私に言って下さったのだけれど。私は幼稚園で何かあったのではないかと思い、幼稚園では家庭で何かあったのではないか、とお互いに思いあっていたようだ。ふるふる。可愛がって大切に育ててますぅ、もう人生賭けてますわよ。溺愛してますもん。
こちらの幼稚園で話し込みすぎて、娘の幼稚園のお迎えに遅れた。電話をマナーモードにしていたから気が付かなかった。先生方がとても心配していらした。またまた大失敗。私は息子の園の保育主任の先生が大好きなので、お話する機会があるとついつい長くなってしまう。娘の幼稚園の先生に平謝りして帰宅。
すっかり疲れてしまった。本当は連続更新の覚悟だったのだけど、どんよりお天気で部屋も暗いし、もういいいかと思う。
母や義妹のところへ贈り物を送る作業をしていたら、心が和んできた。クリスマスはいいね。1年の最後の月にお生まれになるなんて、イエスさまのなんて気がきいていること。おかげで、華やかにおめでたく、すべてを許した気持ちで一年を締めくくれるじゃないですか。ありがたいことです。たくさんの人に迷惑をかける私のうかつさも、どうか皆に許されますように…。


着てみました♪
娘はオットそっくりと生まれた瞬間から評判ですが、立派な眉毛だけは驚く程私に似ちょります…。
2003年12月4日(木)
 朝、勇気を奮って登園。園長先生に昨日の事を伝える。園長はテラスまで息子と一緒だったけれど、そのあとみんなと同じ行動をとるものと信じて目を離してしまわれたらしい。これから気をつけますと言われてホッとしたものの、後味の悪さが残った。
子供から一瞬も目を離さない、なんて親でもできない。たとえば自宅で、私がトイレに入っている隙に息子が包丁を持って歩いているという血も凍る瞬間が何回もここ数日ある。料理に興味を示すので、いっしょにおかずを作ったりしていたのだが、それを一人でやりたくて仕方ないらしく、私がトイレにはいるとそれっ!とばかりにキッチンに駆け込むのだ。このことで対策をたてなければいけないのだけど、おかげで今うっかりトイレにも行けなくなっている私。膀胱炎で死ぬかも。
息子は頭が良く(知的障害を伴うことが多い自閉症も、息子は軽度のためか学習能力は高く、知的発育は平均以上な部分もある)行動力があってそれが素早く、音をたてない。本当に一瞬の隙をついて、5メートルくらいワープしてるんじゃないだろうか、と思う事がある。親の私からしてそうなのだから、3才児50人以上を4人の保母さんで見ている場合、とてものことじゃないけれど息子に構っていられないだろう。それで保育主任の先生とか園長先生、時には非常勤の先生がついていてくれることになる。有り難い事である。だから決して私は園に足を向けて寝られないし、クレームなんかつけるのもっての他なのだ〜。
こんな毎日なので、最近はあまりお人形遊びをしていない。でもお人形は待っていてくれると思ってその点ではのんびり構えている。最近の心境の変化は、前はあるだけのお金を人形につぎこみたかったのに(悲惨)近頃ちょっと自分自身に構うようになったことだろうか。というのも、前は十分足りていると思っていた服飾関係がやけにみすぼらしくなっているのだ…考えてみれば人形にハマったのが息子を妊娠中。以来、人形人形と騒ぎ続けて気が付けば息子も4才5ヶ月…。そ、そりゃあ服も靴もバッグもお財布もヨレヨレになってくるわねえ。アルバムをめくれば、毎年毎年同じ服を着て同じような写真ばかり。子供達が成長してなければ、区別がつかないざます。まずいざます。
という訳で、娘が私を客観的に見る年頃になった事もあり、久しぶりにちょっとはオシャレしようかと思う…。直にみてまわれるショップも好きだけれど、昔から私はカタログ通販好き。プレーンな色と形のセーター、パンツなどは通販の方が安くてはずれがない。特にパンツ類は股下丈が書かれていて重宝。長いパンツを買って、裾上げするのってなんとなくみじめなもので、最初からぴたっと合っていると面倒がなくてスッキリよ。今日、ニッセンに頼んでおいたシンプルなパンツが2本届いた。グレーとベージュ。かなりはくことになりそう。値段が安いのも魅力。子供達が汚れた顔や手を押し付けてきても、木登りのように私に上ってきても、ほぼ笑って許せます。
千趣会、フェリシモ、イマージュ、PJ(下着もいいけど、セーターやコート、カーディガンが素敵)、カタログ三昧で楽しんでます。


ドレスに合わせて同じ店内からオットが選んできた娘の靴。
もろに私の好みです。娘が履いて踊りだします。
2003年12月3日(水)
 一日の時間の流れは砂時計のよう、頭の中で時の砂がサラサラとこぼれ落ちて行くのが見えるような気がする。
娘の幼稚園の保護者会、クリスマス会の練習、二つの幼稚園を行ったり来たり。いつもなんとなく寂しい私なのに、いつも誰かとたくさんお喋りをしている不思議。
息子の幼稚園にいくと、もう何十人かのお母さま方がいらして、入園前の小さな子達がぱらぱらとお庭に散らばって遊んでいたその中に、息子がいた。周りには園児も先生もいない。おもわずキョロキョロ見回す。見上げるとテラスで今、息子の学年が先生達によってまとめられているところだった。息子一人でトコトコと階段をおりてきて遊んでいたのだろうが…すぐ横には保護者を迎え入れるために開け放った門があった。息子にはまだ、自分がそこから一人ででてはいけないんだ、という自覚があるかどうかあやふやだ…一瞬でゾーっとなった。保育主任の先生も園長先生もいない。若い女の先生達は沢山の園児をまとめるのにアップアップしている感じ。日頃、どうしようもなくお世話になっている私はとても、注意がましい事を園に言う事はできない。でも言わなければ。ど、どうしよう、保育主任の先生には嫌われたくない〜(>_<)頭の中を色々な思いがぐ〜るぐる巡っていっぱいになった。他のお母さまが挨拶をしてくださったのに生返事になり、それを後で思い出してまた後悔。
最近の私は考え事で一杯で、心あらずで人に適当に対応してしまっている。あとで我に返ってなんて失礼だったんでしょうワタシとあわてふためき、お詫びの電話を先週も何人かにかけている。今日の方にもあとで素直にお詫びした。その方は息子の事、園との関係を比較的察してらっしゃるのでお話しやすく、やっぱり園にさりげなく下出に今日のことは話した方がいいと言われた。
 心が疲れて、ふっとお人形棚をながめる。まだ箱からだしていないお人形達を眺めているうちに、なんとか年内に更新頑張ろうとがむしゃらに思い立って、超特急で家事を片付け(いつもそうならいいのに)撮影。ひさしぶりだから要領悪い悪い。箱入り状態の写真をせっかく撮ったのに消してしまってショック。
気が付くとバレエ教室に行く時間を越えていてまたショック。慌てて子供達を連れて飛び出し、走っていたら、大好きなお寿司屋さんのおじさんが車に乗せて送ってくれた。有り難かった!
しかし息子が買って2週間で、選び抜いて夫婦でお気に入り、幼稚園にも受けがよかった靴を片方なくしており、バレエ教室で人前で叱ってしまってテンションダウン。が、お友達が途中の道にあったのを教えてくれ、無事確保、また感謝。
子供を叱った後の気の重さ。感情まかせの母親から向上しなくちゃ。
 今日嬉しかった事は、開封した’01版「風と共に去りぬ」スカーレットバービーが、思っていたより素敵なお人形だったこと。ちょこちょこと着替えさせている時、本当に心が和んでいて嬉しかった。なのに時々鋭い痛みが胸に走る。なんだろうと思ったら、ちょうどこのお人形を手にした頃、息子が自閉症傾向ではないかと気付いて、家の中に暗雲が立ち込め始めた頃で、オットは多忙で、私は不安でイライラしており、くだらない口論のはずみでオットにとても悲しい事を言われて、致命傷を負った気持ちになっていたのだった。以来ずっと2年の歳月をかけて癒そうとしてきた傷が、ふっと蘇ってしまって苦笑い。でも、お人形は素敵。人は喜怒哀楽の感情に揉まれ、許されながら生きているものなのよねえ、なんてスカーレットの髪を撫でながら話しかけてみる。
あともう少しで冬休みに辿り着く。そうしたら思いっきり冬ごもりを楽しみましょう。


昨日オットが買ってきた娘のドレス。
クリスマス会のリハーサル日、クリスマス会、終業式、始業式、卒業式、妹の結婚式、入学式…これだけ着せる予定。
オットが言うには『特にこの作品に感動した訳ではないけれど、無難だったから』選んだそうです。でも私も娘も気に入りました♪
2003年12月2日(火)
 久しぶりの青空。光線は全く申し分なかったのにまた人形の写真とれなかった…。なぜならほとんど家にいなかったから。朝、死にものぐるいで大量の洗濯をこなし、干す。鬼気迫る形相であろう私の横で娘はさめざめと泣いていた。昨日パパが買ってきてくれた白いドレスを幼稚園に着て行きたいというのだ。もちろんその為に選んだのだけれど、クリスマス会の写真を撮るのは明後日なので、あと二日我慢してね、というのが娘には我慢できない。忙しい最中の説得で心をすり減らし、息子の幼稚園の「遊びの日」で体力を減らす。英語教室にもでかけた。息子につきあってソフトクリームを舐めに行ったホームセンターで、女優の八千草薫さんを見た。ものすごく美しかった…!
 青空の下、広い園庭で遊ぶのは気持ちよかった。遊ぶ、となってわかったのだが、やはり私は息子との遊び方がよくわかっていない。体を使う事が苦手で億劫なので、なんとなくぼうっと突っ立って息子が遊んでいるのを見ている。見かねて園長先生が来て良く遊んでくださった。本当に暖かいまなざし、愛情のこもった接し方。息子は園長先生と大好きな美人の先生を見て納得し、くるりと私を振り返ってバイバイと手を振った。おおお、こんなに私から離れられるようになったのね、と嬉しかった。入園して8ヶ月で息子は変わった。でもコミュニケーションをとるという面に関してどうしても自分を閉ざし気味である。彼なりに集団行動には対応しつつあるのだけれど、学年があがってカリキュラムについていけないようなら来年もこのまま一番下の学年で、ということも考えていたと園長先生に言われて、衝撃を受けた。保育主任の先生が同学年の子たちに息子なりに慣れ、周りの子も息子の事を受け止めているので、大丈夫、一緒に上げましょうと言ってくれて、通常通り年中組みに上がる事になったという…知らなかった。保育主任の先生は何も言われなかった。私の気持ちを考えて下さってのことだと思う。先生への感謝と、現実の厳しさを改めて知ったショックとで、胸の中にせつなさが広がる。ごくごく軽度の自閉症と言われる子の親である私でこの苦悩、重度の障害をお持ちの方達はどれほどに苦しいだろうと、今さらながらに思われる。何もない、ということがどれだけ幸福か。でも私も挫けきっている訳ではない。現時点で息子の発達に障害がある事は認める。でも将来のことに関しては不安と同じくらいに希望も持っている。気力と体力がすり減ろうと、持ちこたえて頑張り続けるしかない。
 娘のことだって心配だ。心配だけど頑張る。ただ私、胸の中に想いが溢れ過ぎていて、いつか爆発しそうな気がするんだよね〜。自分の心のケアもしっかりしなくちゃ。可愛いお人形と遊ぶ時間を作ろう。裁縫箱を開こう。張り詰めた心の糸を、少しでも緩めるために。


憧れの、タイニーベッツィーマッコールの2003年クリスマスセットのプレス写真。
髪型が違っていたら無理をしてでもお迎えしていたかも。
2003年12月1日(月)
 今年最後の月が始まった。雨でのスタート。今日こそ更新しようと思ってお人形の写真を撮る気満々だったのに、光線が全然足りないので諦める。息子が代休なので二人で遊び転げようと心に決めた。決めたのだけど、土砂降りの中を娘を園に送って帰ってくる時に、レンタルビデオを返し忘れている事に気付きまた外出。そこからなし崩し的に時間が流れてしまう。
一生懸命トコトコ歩いてくれた息子が不憫なのでコンビニエンスストアで彼が好きなプリンを買ってあげようとしたら、おサルのマスコットも買わされた(-_-#)ふと魔がさして、我慢していたミニチュアアンティークミュージアムという食玩も買ってしまひました。母子でヨレヨレと帰宅したものの、それぞれお土産があったのでホクホク。息子のサルはお腹を押すとリアルなサルの鳴き声(涙)私が出したのは、ジュモー型ビスクドール。ボンネットの縁が緑の方である。とても魅力的。やっぱり欲しくさせるあたりが海洋堂の力だ〜。白いシリーズ、コンプリートしたくなった。
 雨の降る午後はふと気が緩むものなのかな。
 息子を連れて、娘を迎えに幼稚園に向かっていたら後ろからこんにちはと声をかけてくれたのは、娘と同じ幼稚園のAくんのお母さまだった。A君は娘の一つ下で、年中さんから入園した男の子だ。たぶん、息子と同じタイプの子で、そのために幼稚園と悲しいトラブルがあった。私は遠くからその噂をきいて、息子を娘とは違う幼稚園にいれた決断を心から喜んだものだ。私なら身を引いていたであろう場面で闘いぬき、いつも決然とした態度でA君に寄り添っているお母さま、私は心中いかがかと不思議に思っていたくらいだったけれど、雨の中一緒に歩きながらお話していたら、ふと涙ぐまれて、その心の傷の深さが分った。平均的な発達をしておらず、集団行動がちゃんとできないからと退園をA君に迫った幼稚園、両手をさしのべ迎え入れ、ふわりと大きな愛で息子を包んでくれている幼稚園…。一瞬の親の見栄とか都合による決断で、子供をとりまく環境は変わり人生は変わってしまう。気が強いと噂されているA君ママに、あなたが羨ましいと呟かれて、私も切なくなった。悩む気持ちは同じ。子供の事で悩まない母親なんていないよね。
 夕方、かかりつけのお医者さまのところの看護婦さんがお電話をくださる。我が家が無事にインフルエンザの予防注射を受けられるメドがついたかどうか心配してくださったのだ。お気持ちが有り難い。
 オットがまた昨年同様、娘のクリスマス会ようのドレスと靴をメゾピアノで買ってきた。愛らしさにうっとり。娘はおおはしゃぎ。メゾピアノのピンクのランドセルも注文してきたとのこと。息子は姉ばかりが綺麗なものをもらって落ち込んでしまった。男の子だけど、綺麗なものが大好きなのだ。ごめんよ〜。